登記簿から消された顔
不審な依頼人の訪問
ある蒸し暑い午後、見慣れぬスーツ姿の男が事務所のドアを叩いた。 背筋を伸ばし、声のトーンも不自然なほど落ち着いているその男は、登記簿に関する相談があるという。 提出された資料には、どこか釈然としない違和感があった。
登記簿の中の矛盾
渡された登記事項証明書には、確かに所有者として彼の名がある。 しかし、登記原因日付や旧所有者の署名欄に微細なズレが見える。 まるで「顔は同じでも中身は違う」登記簿のようだった。
サトウさんの冷静な観察
「この謄本、字体が途中から変わってます」 サトウさんは淡々と、しかし鋭く指摘した。 筆跡の変化、印影のかすれ、そして不自然な空白——見落としがちな小さな歪みが、彼女の目にはくっきりと映っていた。
古い謄本に記された名
法務局に保管された古い登記簿を確認したところ、現在の所有者とされる男の名は、十年前には存在していなかった。 しかも、前所有者とのつながりを示す移転原因が抜け落ちている。 これは、いわゆる「登記の飛ばし」だ。
現地調査で見えた奇妙な建物
物件の現地を訪れると、そこには古びたプレハブと無人の駐車場があった。 立て看板は剥がれ、ポストには広告が詰まり放題。 にもかかわらず、誰かが定期的に中を整理しているような形跡が残っていた。
やれやれ、、、暑い中の空振り調査
汗だくになって歩き回ったが、近隣住民も「誰が住んでいるのか知らない」と首をかしげるばかり。 まるでドラえもんの空き地の土管のように、誰もが存在を知っているのに誰も近寄らない場所だった。 一度は「ただの登記ミスか」と諦めかけた矢先、転機が訪れる。
土地所有者の証言に漂う違和感
ようやく連絡が取れた旧所有者は、「そんな男には譲った覚えはない」と言い切った。 むしろ、自分がまだ所有していると思っていたようで、移転登記の話をすると激しく動揺した。 彼の口調には、虚偽を語る者の影がなかった。
謎の男の正体と二重の登記
調査を進めるうち、男が使用していた身分証が偽造であることが発覚した。 写真は彼のものだが、本籍地も生年月日も、過去に別件で使われた偽名と一致する。 登記申請に使われた印鑑証明書も、実際には別人のものであった。
サザエさん的なすれ違いが真実を照らす
翌朝、サトウさんがポツリと呟いた。「もしかして、前回の相談者と同じ顔じゃありません?」 去年、遺産分割の相談にきた男のファイルを確認すると、確かに似た顔が写っていた。 あのときは「弟」と名乗っていたが、今度は「本人」として登記申請をしている。
偽名登記のからくり
偽名を使って登記を乗っ取り、その後売却して現金化する典型的な手口だった。 だが今回は、旧所有者の怠慢により権利証が厳重に保管されていなかった。 そこを突かれて、印鑑を偽造されたのだ。
裏書に残された本物の印影
唯一の決め手は、十年前の委任状の裏に残っていた本物の印影。 それと今回の印影を照合したところ、わずかな“返しの線”が一致しなかった。 決定的な証拠が揃い、警察への通報となった。
サトウさんの一撃で全容が明らかに
「これ、戸籍附票と連動していませんね」 サトウさんの冷徹な一言で、男の嘘が完全に崩れた。 役所と法務局の書類の連携ミスを突かれていたが、それも帳簿上の操作だけでは隠せなかった。
登記官の怠慢か犯罪か
後日、法務局の登記官が処分された。 どうやら「本人確認は済んでいる」という虚偽報告を受け、そのまま処理してしまったらしい。 公務員の怠慢が、詐欺師に加担してしまった格好だ。
所有権移転登記をめぐる結末
司法書士会を通じて、正当な手続きで所有権は元に戻された。 とはいえ、そこに至るまでの時間と労力は並大抵ではない。 依頼者は涙ぐみながら「先生がいてくれて良かった」と何度も言った。
真犯人が仕組んだトリックとは
全ては、名義を複数の場所で分散し、時間差で現金化する手口だった。 サザエさん一家の「波平さんが2人いたらどうするのよ!」的な混乱を、登記の世界で再現していたのだ。 やれやれ、、、こんな小さな町にも、大泥棒が潜んでいたとは。
そして今日も事務所に日が沈む
事件が一段落し、夕焼けに染まる事務所で、僕は冷たい麦茶をすすっていた。 サトウさんは、もう次の登記の準備に入っていて、一切手を止めてくれない。 「…まあ、今日もなんとか間に合ったな」とつぶやくと、「うっかりミスで終わらせないでくださいね」と冷たく返された。