登記の依頼は突然に
田舎の平屋にまつわる不可解な依頼
午前中、古びた小包のような雰囲気を持つ依頼人が、うちの事務所にやってきた。依頼内容は、山奥にある平屋の名義変更手続きだった。法定相続人による単純な相続案件とのことで、さほど難しくないと見えた。
しかし渡された書類を見た瞬間、私は思わず眉をひそめた。固定資産税の納税通知書に記された名義人は一人なのに、登記簿にはもう一人、謎の共有名義が記されていたのだ。
サトウさんの懐疑的な視線
「これ、完全に変ですね」 そう言ったのは、例によって鋭い目つきのサトウさんだった。彼女は何も言わずとも、机の上に山積みになった資料の端っこから、問題点を嗅ぎ取ってくる。
私はというと、昼飯に何を食べようかと考えていたのだが、さすがに今回は背筋が伸びた。司法書士としての勘が、うっすらと警鐘を鳴らし始めていた。
不在者とされた名義人
登記簿に記された「もう一人の住人」
登記簿には、平成十二年に所有権を取得した人物Aと、共同名義で記された人物Bの名があった。しかし、依頼人が「その人とは面識がない」と言うのだ。
まるでサザエさんのオープニングに突然アナゴさんが現れて「誰だよお前」状態。だがこのアナゴさん、どうやら居場所も分からないらしい。
消えた戸籍と仮登記の痕跡
戸籍をたどると、Bの記録は昭和の終わり頃からパタリと消えていた。しかも仮登記の時点で何らかの権利が主張された形跡があった。 「これ、よく見ると…」とサトウさんが指差したのは、表向きは相続だが、実際は贈与で処理しようとした形跡だった。
見えない糸がどこかで絡まっているようだった。そして私は、うっかり納豆を落とすような感覚で、ますます足を取られていった。
近隣住民が語る「おかしな話」
窓辺に映る影と毎晩の明かり
現地調査を行うため、私は件の平屋を訪れた。築五十年はくだらない家の窓にはカーテンがかかり、だが夜には明かりがつくという。
近所の農家のおばあさんが言うには、「あの家、誰も住んでないのに、毎晩誰かが帰ってくる」らしい。おばあさんはまるで『名探偵コナン』に出てくる目暮警部のような語り口だった。
近所の八百屋が見た奇妙な光景
「朝方、白い服の人が玄関先に立ってたの見たよ」 八百屋の親父が言ったその一言が、まるでビート板に一滴の血が落ちたような不安を残した。
それが幽霊なのか、はたまた生きている「誰か」なのか、それすら判断できない曖昧な証言だった。ただ、その人影が名義人Bだとしたら、この事件は大きく動き出す。
書類の中に潜む矛盾
遺産分割協議書の不一致
事務所に戻り、改めて協議書を読み直す。すると、一枚だけ他と筆跡が明らかに異なるページがあることに気づいた。 サトウさんはすでに気づいていたらしく、そっとスタンプを押す手を止めて、こちらを見た。
「気づくの遅いですね」 塩対応であっても、彼女の洞察力には助けられてばかりだ。私が気づく頃には、彼女はすでに推理の半分以上を終えている。
偽造か錯誤か、それとも故意か
筆跡鑑定にかけるわけにもいかず、私は当該ページに記された内容と日付を見比べた。 すると、ひとつの事実が浮かび上がった。 ――このページだけ、作成日が一週間早いのだ。
つまり、この協議書はもともとBの存在を隠すために改ざんされた可能性が高い。依頼人はそれを知っていたのか。それとも彼もまた、誰かに踊らされていたのか。
サトウさんの冷静な推理
「この登記、逆に変です」
「一見、何も不自然がないように見せかけてるけど、それが逆に不自然なんです」 サトウさんは登記簿を指差しながら、軽く肩をすくめた。
「通常ならこの名義変更、もっと早く行われてるはずです」 彼女の目は、漫画『金田一少年の事件簿』の剣持警部よりも鋭い。やれやれ、、、結局、いつも主役は彼女なんだよな。
謄本の時系列に仕掛けられた罠
その通りだった。時系列を並べてみると、明らかにBの登記が途中で無理やり挿入されたような形跡がある。 しかも、その直後に所有権移転登記が行われている。
この短期間に一体何があったのか。まるで舞台袖で何かがすり替えられたような、不自然な流れがそこにあった。
現地調査での違和感
床下収納の中の茶封筒
もう一度現地を訪れた私は、畳の隅に不自然な浮きを見つけた。床下収納を開けると、そこには茶封筒がひとつ置かれていた。
封筒の中には、昔の住民票の写しとともに、Bの名前で書かれた手紙が入っていた。内容はこうだった。「私はまだここにいる。消されるべきではない」。
昔の住民票が暴く名前のトリック
そこに記されていたBの名前は、現在の戸籍にはない旧姓だった。そしてその名前は、依頼人の母親の旧姓でもあった。つまり、Bは依頼人の実の祖母だったのだ。
名義を外すためにBの存在をなかったことにしようとした者がいた。そしてそのために登記簿も、協議書も、すべてが改ざんされていた。
不動産会社との対峙
「この登記、正規です」への反論
調査の末、私は登記に関わった地元の不動産会社を訪ねた。担当者はしらを切るように「正規の手続きです」と言ったが、私たちは証拠を握っていた。
「正規というなら、なぜ日付が合わないのか」「なぜ住民票が旧姓のまま保存されているのか」――矢継ぎ早の質問に、相手はついに口を閉ざした。
サトウさん、ついにブチ切れる
「時間の無駄ですね」 サトウさんが淡々と言い放った。静かだが、明確な怒りが込められていた。 「司法書士なめないでください」
その一言に、私は思わず背筋が伸びた。彼女の言葉が、何よりも相手にとっての判決文となった。
依頼人の「本当の目的」
相続放棄を巡る裏の思惑
依頼人は、Bの存在を隠したことで、不動産のすべてを自分のものにしようとしていた。だがその行為は、相続放棄の選択をも許さなかった。
「本当は、祖母が残したものを守りたかった」 そう呟いた依頼人の目は、どこか寂しげだった。彼もまた、踊らされた被害者だったのかもしれない。
嘘を重ねた先に残る真実
真実は一つ――そう言った名探偵がいた。だが現実は、真実の上に嘘を重ねた積み木のようなものだ。取り除いても、完全には元に戻らない。
それでも、記録と登記がそれを語るなら、私たちはそこに真実を見つけ続けるのだ。
私シンドウのうっかりミス
証明書を間違えて渡した結末
最後の手続きで、私はうっかり印鑑証明を隣の依頼人の分と取り違えた。サトウさんの冷たい視線が痛い。
「……これ、違いますよ」 うぐぅ、、、これだから私はダメなんだ。
やれやれ、、、俺はまたやらかしたか
結局、彼女に全て訂正を任せる羽目になった。やれやれ、、、俺はまたやらかしたか。でもまあ、最後にはちゃんと仕事が終わったのだから、良しとしよう。
たぶん、ね。
それでも事件は解決する
隠された真名と旧姓の謎解き
最終的に、登記簿の修正が認められ、祖母Bの名は正式に登記から外された。ただし、その存在は記録としてしっかりと残された。
嘘は晴れ、法は正された。ほんの少しだけ、登記簿が人の心を救った気がした。
登記簿が語った「最後の同居人」
最後に私たちが確認したのは、古い戸籍の中にあった手書きの一文だった。 「この家で最後まで生きたのは、私です」 それが、Bの残した証だった。
登記簿はただの紙ではない。その一行が、誰かの人生そのものである限り、私たちはそこに真実を見つけ続けるのだ。