朝の義理チョコと奇妙な来訪者
バレンタインの朝、机の上に無造作に置かれたチョコを見て、ため息が漏れた。毎年恒例の、いわゆる義理チョコだ。ありがたみよりも虚しさの方が勝る。
そのとき、事務所の扉が開き、見慣れぬ中年男性が入ってきた。手には小さな紙袋。目は泳ぎ、どこか焦っている。彼は名乗るとすぐ、こう言った。
「私の父が殺されるかもしれません」
バレンタインに届いた書留の封筒
その男性――山脇という名だった――は、一通の封筒を差し出した。書留で届いたというその封筒には、後見人である父に宛てた文書と共に、開封済みのチョコレートが同封されていた。
「中に変な粉が混ざっていたんです」
私は眉をひそめた。単なるバレンタインの悪戯では済まされない匂いがした。
「後見人が危ない」謎の走り書き
同封の紙にはこう書かれていた。「後見人が危ない」――震える手で書かれた文字は、怯えと切迫感を物語っていた。だが、署名もなく、文体も稚拙だ。
「ご家族が書いたものでは?」と訊くと、山脇は首を振った。「父は施設に入っていて、文字を書く力もないんです」
これは単なる脅迫か、それとも――
サトウさんの推理と毒チョコ疑惑
午後、サトウさんにチョコの包装紙と封筒を見せると、彼女は鼻で笑った。
「これ、ラッピングは老舗の和菓子屋。でもチョコの中身はスーパーの安物。毒を仕込むなら、もっと注意深くやるべきですね」
塩対応ながらも、彼女の観察力は鋭かった。私は彼女が見落とした小さなシミに目を留めた。
チョコに潜む不審な成分
私は近所の知り合いの薬剤師にチョコを持ち込み、簡易検査を依頼した。結果は陽性。微量だが、眠気を誘う成分が検出された。
毒というよりも、判断力を鈍らせるための何か。これは、後見人の判断を誤らせ、不正な契約を結ばせる意図ではないか。
「まるでコナンの世界みたいだな」私は思わず呟いた。
老人ホームの職員が語る違和感
翌日、老人ホームを訪れた私は、施設長と面談した。すると、最近になって父親に多くの書類が持ち込まれていたことが判明する。
「でも、なぜか全部、サイン済みだったんです。不自然でした」
私は鳥肌が立った。後見人制度の闇が、チョコの甘さの奥に潜んでいた。
成年後見人と被後見人の確執
山脇の父親は、数年前から施設で暮らしつつも、自宅や不動産を複数所有していた。山脇はその管理を後見人に任せていたが、実は父とは折り合いが悪かった。
「正直、あの人が死ねば遺産が…」
言いかけた彼の口元が歪む。その表情に私は強い嫌悪感を覚えた。
施設内で囁かれる金銭トラブル
施設職員によれば、山脇が父親のもとを訪れるたびに、何かしらの金銭の話をしていたらしい。そして、父親がチョコを食べた直後に、急に体調を崩したという。
だが病院の診断は「過労による発熱」だった。毒とは言えない。だが偶然とも思えなかった。
「やれやれ、、、本当に勘弁してほしいよな」私は天井を見上げた。
後見制度の落とし穴
後見人は法的には強い権限を持つが、それを操作しようとする親族も多い。施設と連携せずに意思確認が行われ、形式だけ整えば契約は成立してしまう。
「制度は守っても、人が壊れたら意味がない」私は手帳にそう記した。
現場の感覚と制度のすき間を突かれると、取り返しがつかなくなる。
サザエさん回避理論と登記簿の影
ふと私は、不動産登記簿に思い当たった。過去の所有者からの移転が、奇妙にスムーズすぎる。不正登記の香りがする。
登記情報を確認すると、つい最近、所有者名が山脇に変わっていた。それは、父親のサインがされた契約書に基づくものだった。
「サザエさんの世界なら、このまま家族で丸く収まるんだがな」私は皮肉を呟いた。
被後見人名義の不審な不動産移転
印鑑証明、実印、意思確認書…すべて整っていたが、1点だけおかしかった。意思確認書の筆跡が、過去のものと違う。
サトウさんが言った。「これ、本人が書いた文字じゃありません」
筆跡鑑定を依頼すれば、すべてが明らかになるだろう。
元野球部的発想で見えた手口
「初球のストレートで油断させて、変化球で打ち取る――」そんな高校時代の記憶が蘇った。
山脇は、あえてチョコで目を引きつけ、裏で契約をごまかすという手口を使ったのだ。
だが私は、その甘い策略には引っかからない。
やれやれと呟いた夜の結末
後日、筆跡鑑定の結果が届き、文書の偽造が証明された。私はすぐに登記の抹消手続きと、施設への再説明を行った。
山脇は全てを認め、父親への謝罪を約束した。だが、その声に本心があったかは分からない。
「やれやれ、、、またチョコが嫌いになりそうだ」私は誰にともなく呟いた。