朝のトラブルと沈む気持ち
デスクの前でログインボタンを何度も押していると、まるでパソコンがこちらの焦りをあざ笑っているかのように感じてくる。 この朝の「電子申請」が通らないだけで、もう一日が終わったような気分だ。 おまけに、事務所のコーヒーも切れていた。最悪の月曜、スタートである。
パスワードが通らない
オンライン申請システムの画面には、赤文字で「認証に失敗しました」の表示。 パスワードの変更を忘れていたのか、それともCapsLockか。いや、どちらでもない。 そもそも、こういうときに限って再設定メールも届かないのだ。
古い申請システムとの戦い
平成時代の遺物のようなこのシステムに、令和の我々が翻弄されている。 何度もブラウザを変えては試し、キャッシュを消しては祈る。 まるでRPGの迷宮に閉じ込められた勇者の気分である。
サトウさんの冷静な一言
「それ、パスワードじゃなくてIDが間違ってます」 背後から放たれたその一言で、私はすべての操作をやめた。 背筋が寒くなるような正論が、今日も事務所に響く。
沈着な助言と塩対応
「一応、リストに控えてあるはずですけど」 サトウさんがモニタも見ずに差し出した手帳には、私の記憶していたIDとは別の文字列が書かれていた。 ああ、この人がいなかったら、私は毎日システムの迷路で野垂れ死にしていたに違いない。
デジタルの裏に潜むヒント
修正されたIDでログインすると、電子申請履歴に不可解な記録が現れた。 それは、先週確かに提出したはずの登記申請とは別の、新しい「遺産分割協議書」。 依頼人からはそんな書類の提出依頼など一度も受けていない。
謎の委任状と電子署名
添付されていた委任状には、確かに依頼人の名前が記載されていた。 しかし、筆跡が少し異なる。電子署名もなぜか過去に使用された別の証明書が使われていた。 見れば見るほど、何かがおかしい。
記載された日付の違和感
委任状の日付は、一週間前になっていたが、その日私は確か別の登記を処理していた。 日付が重なっているのも妙だが、申請が出された時間が深夜の二時だったことも気になった。 依頼人はご高齢で、深夜に電子署名を行うとは思えない。
過去に一度使われた認証情報
調べていくと、電子署名に使用されていた証明書は、2年前の相続登記で使用したもので、 現在のものではないことが判明した。 誰かが、古いデータを再利用して申請を行ったのだ。
依頼人の話が食い違う
電話をかけると、依頼人は驚いた様子でこう答えた。 「え?私、そんな申請お願いしてませんよ?」 やはり、この申請は本人の意思ではなかったのだ。
別人の代理申請の可能性
申請を行った端末のIPアドレスを確認すると、事務所とは異なる場所からだった。 しかも、それは以前、依頼人の息子が一度だけアクセスしてきた場所と一致していた。 どうやら、息子がこっそり動いたらしい。
本人確認と矛盾する資料
その息子が提出していた資料には、複数の矛盾があった。 特に収入印紙の貼り付けが異様に雑で、電子印鑑も別のデバイスから押されていた。 念入りな偽装に見えて、どこか詰めが甘い。
ひらかれた履歴と隠された操作
さらに履歴を追っていくと、データを操作していたのは夜中ばかりだった。 通常の申請とは異なり、タイムスタンプが妙にずれていた。 これは、まさに怪盗キッドのような犯行時間だ。
電子証明書の使用記録
電子証明書の記録を取得して比較すると、直近の操作と2年前の操作がまったく同じIPから行われていた。 つまり、犯人は2年前にも同じようなことをしていた可能性がある。 常習犯の影が見えてきた。
ログに残されたもう一人の影
さらに深掘りすると、別名義のアカウントで同じ端末から申請がされていた形跡があった。 もしかすると、家族以外の誰かが協力していたのかもしれない。 だが、それが誰なのかまではまだ特定できない。
コンビニで発見された事実
依頼人が「最近住民票を取られた形跡がある」と言うので、最寄りのコンビニ交付記録を確認した。 すると、問題の深夜、住民票が一通発行されていたことが判明。 しかも、その際使われたマイナンバーカードは、依頼人のものだった。
住民票の交付時間
発行時間は、夜中の1時47分。 通常、その時間にコンビニに行く高齢者はいない。 つまり、カードだけを持ち出していたということになる。
それが示す意外な真相
監視カメラの映像には、帽子を深く被った男が、依頼人のカードを操作している姿が映っていた。 その姿は、依頼人の息子ではなかった。 まさか、依頼人の「甥」が登場するとは思いもしなかった。
思い出されたパスワードの意味
電子申請で使われたパスワードには、ある人名が含まれていた。 依頼人の旧姓であり、家族でも知っている者は限られていた。 それはかつて遺産を巡って揉めた、亡き兄の名だった。
初恋の名前と裏の顔
さらに調査すると、その甥は兄の連れ子で、相続から外れていたことが判明。 今回の偽装申請は、その怨念が生んだ犯行だった。 電子の扉を開けたのは、過去の感情だったのかもしれない。
疑いは予想外の方向へ
すべての証拠が揃い、甥は偽装の事実を認めた。 「兄の分も、自分が受け取るべきだった」と語ったが、それはもう法の外である。 裁かれるべきは、思いではなく、行動の方だ。
家族間の申請トラブル
結局、家族での話し合いが持たれ、甥は正式に謝罪した。 申請は無効となり、再度、法に則った相続が進められることとなった。 法と感情の狭間で揺れる、いつもの結末だった。
過去の相続放棄との関係
この事件が引き金となり、過去に相続放棄をしていた別の親族の動きも浮上した。 長く埋もれていた家族の確執が、電子の扉を通じてあぶり出されたのだった。 登記簿が暴くのは、不動産の所有者だけではない。
証拠が示す申請者の正体
今回の申請記録、電子署名、監視映像、そして証言。 すべてが、甥を「申請者」として名指ししていた。 サトウさんはそれを冷静にファイリングしながら、淡々と資料を閉じた。
なりすましのトリック
犯人は、委任状と電子証明書、住民票を組み合わせた。 一見すると正式な申請に見えるが、その裏には綿密な準備と悪意が潜んでいた。 電子の世界では、紙よりも簡単に「信頼」が偽装される。
一通のメールが暴いた秘密
最終的に決定打となったのは、甥が依頼人に誤って送ったメールだった。 件名にはこう書かれていた。「すみません、やっぱりバレましたか」 やれやれ、、、最後の最後で詰めが甘いとは。
最後に鍵を握ったのは
この事件、最後の一手を指したのはサトウさんだった。 私があれこれと悩んでいたログの解析も、監視カメラ映像の請求も、彼女の助言で動いた。 またしても私は、バットを振るだけのピンチヒッターだった。
サトウさんのひらめき
「不自然な時間に交付された住民票が、すべての鍵です」 その一言が、事件を決定的に動かした。 彼女がいなければ、私は今もパスワードの迷宮でさまよっていたに違いない。
やれやれと言いながら解決へ
書類を整理しながら、私はポツリと呟いた。 「やれやれ、、、また一歩、システムが嫌いになったな」 そう言うと、サトウさんは塩対応でこう返した。「それ、毎週言ってますよ」