登記簿が映す裏の顔

登記簿が映す裏の顔

事務所に届いた一通の相談書

封筒に残された違和感

午前十時、事務所に届いたのは少し黄ばんだ封筒だった。表書きには達筆で「相続登記相談」とだけ記されている。差出人の名前がどこにも見当たらないのが奇妙だった。

封を開けると、簡潔に書かれた依頼書と一枚の不動産登記簿謄本のコピーが入っていた。物件は町はずれの古家。だが、それ以上に目を引いたのは、封筒の裏に貼られていた猫のシールだった。

「なんか、怪盗キャットみたいですね」とサトウさんがぼそっと呟いた。確かにそんな雰囲気だが、これは始まりに過ぎなかった。

不自然に省かれた記載事項

登記簿を読み込むと、所有権移転の欄に妙な空白があった。通常記載されるはずの前所有者の情報がごっそり抜け落ちている。しかも、日付が平成16年と古い。

「これは、、、登記官のミスか、あるいは、、、」と呟いた瞬間、サトウさんがぴしゃりと切り込んだ。「いえ、意図的な抹消ですね。これ、手口が昭和っぽい」

やれやれ、、、まるで昭和の探偵漫画みたいだ。というか、あの時代のトリックを現代に持ち込まれても困るんだが。

依頼人が語った古い家屋の謎

消えた相続人の行方

翌日、依頼人を名乗る年配の女性が現れた。自分の叔母が亡くなり、相続登記を依頼したいという。だが、他の相続人が連絡を絶って久しく、行方がわからないらしい。

「もう10年以上会ってないんです。だけどこのまま放置すると、家が朽ち果ててしまって……」と、女性は静かに語った。

相続人の行方不明。それ自体は珍しくないが、何かが引っかかった。なぜ今になって?

物件の履歴に潜む空白の一年

古い閉鎖登記簿を取り寄せて確認してみると、ある年にだけ売買も相続も記録が存在しなかった。不自然な空白の一年。

「これ、まるでサザエさんで磯野家の住所だけ一話だけ違う、みたいな違和感ですね」とサトウさんが皮肉る。確かに、誰かが一時的に名義を動かしていたとしか思えない。

名義を戻したのは、誰なのか。そして、なぜ戻す必要があったのか。謎は深まるばかりだった。

サトウさんの鋭い指摘

登記簿と固定資産税台帳のズレ

「固定資産税が数年間、支払われていません」とサトウさんが台帳を叩いた。登記上の所有者とは別の人が納税していた痕跡が見つかったのだ。

「納税者の名前、依頼人の叔母じゃない。これ、登記名義人がダミーで、実際に使ってた人がいるってことです」

やっぱり、サトウさんはただの事務員じゃない。こんな抜け穴、普通じゃ気づかない。

何気ない地番に隠された真実

さらに調査を進めると、地番がわずかにズレていることに気づいた。依頼書に書かれた住所と、登記簿上の地番が一致していなかったのだ。

「つまり、相談者が欲しいのはこの家じゃなくて、隣の空き地ですね」とサトウさんが微笑んだ。なるほど、そっちは再開発対象地区。高く売れる。

これは相続登記ではなく、地番を隠れ蓑にした地面師的詐欺の匂いがする。しかも、登記簿の不備を逆手に取っている。

役所で見つけた一枚の古地図

現在と異なる土地の境界線

市役所で取り寄せた昭和初期の地図を広げてみた。今とは違い、道路の配置も地番も微妙に違う。

そして、問題の家の場所には当時「蔵」が建っていた記録がある。建物は存在しなかったが、土地の価値は高く見積もられていた。

「この蔵、何を隠してたんでしょうね」とサトウさんがボソリ。まさか、本当に何かを隠していたとは。

手書きの書き込みが示す人物名

古地図の端に、鉛筆で書かれた「ミキオ」の文字が見えた。依頼人の話では、叔母に養子がいたが、若くして家を出ていったらしい。

「ミキオって、もしかして……」と思わず声が漏れた。もしこのミキオが戻ってきて、偽名で家を手放したとしたら?

そう考えると、全てが一本の糸でつながってくるような気がした。

関係者への聞き込み調査

近所の老婆が語る過去の事件

現地に足を運び、近隣住民に話を聞いた。すると、ひとりの老婆がぽつりと語った。「昔ね、その家、火事があったのよ。夜中に若い男の子がね、、、」

火事。ミキオ。登記簿の空白。その三つが急速に結びついていく感覚があった。

「逃げた子は、生きてたんでしょうか」と老婆は微笑んだ。まるで何か知っているような目だった。

元所有者の息子が抱える秘密

地元の古い戸籍を追い、ようやく「ミキオ」と思しき人物の現在の住民票を突き止めた。別名義で登録されていたが、職業欄には「行政書士」と書かれていた。

「裏で動いてたの、士業関係者でしたか……」とサトウさんが嘆息する。さすがに同業者となると、やりにくい。

だが、だからこそ彼は登記簿の抜け穴を利用できたのだ。

封印された遺言書

公正証書ではない謎の文書

後日、依頼人から「もうひとつ渡したいものがある」と言われた。渡されたのは黄ばみかけた封筒に入った手書きの遺言書だった。

公正証書ではないため法的効力は微妙だが、その中には「ミキオに土地を継がせたい」と明記されていた。

「つまり、これが本当なら、今の名義人は完全にアウトですね」とサトウさん。確かにその通りだ。

内容を巡って起こる争いの火種

「あなた、これを裁判所に出したら戦争になりますよ」と僕が忠告すると、依頼人は静かに頷いた。「それでも、真実を知りたいんです」と言い残して帰っていった。

真実とは時に、誰かの平穏を壊す。だが、司法書士としてそれを止めることはできない。

やれやれ、、、俺の仕事はいつも、誰かの人生の裏側に触れる。

真犯人の正体とその動機

動機は金ではなく名誉

ミキオは土地を売って金にしたかったのではない。かつて火事を起こし、家族から逃げた自分を、再び「後継者」として認めさせたかったのだ。

彼がこっそり戻り、登記簿を操作し、古家を名義変更したのは、誇りの回復のためだった。

だがその手段が間違っていた。事実を操作することで、真実から遠ざかっていたのだ。

司法書士としての最後の一手

僕は依頼人に、法的に有効な相続手続きを丁寧に説明し、遺言書の補強資料としての価値を活かす道を示した。

「もう争いたくないんです」と彼女は微笑んだ。その笑顔に、僕も少しだけ救われた気がした。

サトウさんは何も言わず、そっとお茶を淹れてくれた。やれやれ、、、本当に気が利くのか、冷たいのか、わからない人だ。

事件の幕引きとその後

依頼人が選んだ未来

遺産分割協議は穏やかに終わり、古家は取り壊されることになった。新しい土地利用計画が進められていると聞いた。

依頼人は、叔母の思い出だけはしっかりと胸に刻むと語っていた。

それでいい。それがたぶん、一番穏やかな結末だ。

シンドウとサトウのいつもの帰り道

「今日も、妙な事件でしたね」とサトウさんが言う。僕は肩をすくめる。「俺の人生、もう全部が妙だよ」

帰り道、空には星が瞬いていた。田舎町の夜は静かで、どこかあたたかい。

やれやれ、、、明日もきっと、何かが起こる。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓