登記簿の中の行方不明者

登記簿の中の行方不明者

登記簿の中の行方不明者

午前八時の依頼人

「これ、ちょっと見ていただけますか」
朝一番に現れた年配の女性が差し出したのは、一通の登記事項証明書だった。
そこには不動産の名義が誰にも引き継がれていない状態で、空白期間が十年以上続いていた。

不自然な筆跡と間違った漢字

ふと目にとまったのは、所有者欄の氏名に使われていた「齋藤」の「齋」の字が、現在のものと微妙に違っていたことだ。
しかもその筆跡、他の部分とは明らかに異なる震えた文字だった。
「なんかこれ、コナンで見た気がします。遺言書のやつ」とサトウさんが呟いた。

サトウさんの冷たい推察

「この登記、たぶん偽造されてますね。しかもかなり雑に」
相変わらずの塩対応で、淡々と指摘するサトウさん。
俺が言おうとしていた推理を一言で終わらせてしまった。

実在しない住所の謎

所有者として記載されている「齋藤義雄」の現住所を追跡しようとしたが、どうにも存在しない番地だった。
「それ、サザエさんで波平が書き間違えた年賀状の住所みたいですね」とサトウさん。
「やれやれ、、、」と俺はため息をつきながら、役所に確認の電話を入れる。

過去の登記と矛盾する現在

昭和五十年の閉鎖登記簿

古い登記簿を閲覧していると、そこには「齋藤義雄」の名が一度も登場していない。
当時の名義人は全く別の人物で、しかもその人はすでに亡くなっていた。
「これは、名義の乗っ取りですね。いや、怪盗キッドばりですよ」と俺が口走ると、サトウさんは鼻で笑った。

旧字体の影に隠れた罠

「齋藤」という字の微妙な字体の違いが決定的な証拠になった。
登記簿では旧字体、住民票では新字体が使われており、それが一致しないことで偽造が露呈する。
書類は言葉よりも正直だ。そこにしか真実は残らない。

元所有者の消息調査

かつての所有者の親族をようやく探し当てた。
その女性は、長年行方不明になっていた不動産がまさか自分たちの家だったとは知らなかった。
「親父が遺したもんだと思ってました」と語ったその顔には、わずかに安堵が浮かんでいた。

消えた一筆の意味

売買か贈与かそれとも

登記原因欄には「売買」と記されていたが、売買契約書のコピーが存在しない。
しかも固定資産税の記録にも不審な空白があり、取引そのものが存在していなかった可能性がある。
これは完全な虚偽登記だった。

登記簿の付箋が語るもの

閉鎖登記簿の片隅に、誰かが貼った付箋が残されていた。
「確認済」の文字と、そこに押された見慣れない印影。
それがこの事件の“書類上の共犯者”を炙り出す鍵となった。

真相への一球

元野球部の記憶が甦る

かつてのチームメイトの名前が、なんとその不動産業者の代表者欄にあった。
「マジかよ、、、アイツ、サードだったくせに、こんなトリック仕掛けるとはな」
手がかりを握りしめ、俺は彼の元を訪ねることにした。

やれやれまたこんな結末か

本人はすべてを認めた。「バレないと思ってた」と言いながら、俺の顔は見ようとしなかった。
「野球のサイン盗みよりはマシだろ?」という捨て台詞に、昔の試合を思い出す。
やれやれ、、、あの頃のボールの方が、まだまっすぐだったよ。

サトウさんの一言が全てを繋げる

「司法書士って、思ったより探偵っぽいですよね」
そう言いながら淡々と報告書をまとめるサトウさん。
彼女の一言が、俺の仕事に少しだけ誇りを取り戻させてくれるのだった。

すべては登記簿に記されていた

事件の発端も、真相も、証拠もすべてが登記簿の中にあった。
法務局で誰かがひっそりと残した足跡が、静かに語りかけてきた。
俺はそっと閉じた登記簿を返却し、事務所へと戻る道を歩き出した。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓