登記簿に仕組まれた罠

登記簿に仕組まれた罠

登記簿から始まった違和感

机の上に置かれた一通の登記簿謄本。その表題部に目を落とした瞬間、妙な既視感が襲ってきた。物件の所在地も、家屋番号も、どこかで見たような気がする。だが、肝心なのはその所有権移転の原因と日付だった。

「売買」となっているが、当該日付にはその物件が空き家として扱われていたはずだ。僕の記憶が正しければ、役所から空き家対策の相談も受けていた。これは偶然か、それとも――。

空き家のはずの物件に現れた署名

署名欄には、聞き覚えのない名前が並んでいた。所有者欄に記載された人物も、売主として登場している人物も、まったく一致しない。これは第三者の介入を疑うべきだろう。

「これは、、、幽霊屋敷に勝手に住んで登記してるみたいなもんですね」冷たく言い放つサトウさん。いや、例え話が怖すぎるって。

売買契約書に刻まれた過去の印影

売買契約書のコピーには、過去に僕が関与した登記で見たことのある印影が押されていた。まさか同一人物が別名義で登場しているのか? それとも印鑑だけが流用されているのか?

印影を確認するため、事務所の保管資料をひっくり返しているうちに、かつての依頼人の記憶が少しずつ蘇ってきた。あのときも、どこか不自然な点があったような気がする、、、。

依頼人の不安な声

今回の依頼人は、物件を売却しようとした老夫婦だった。買い手が見つかり、仲介業者も交えて契約直前まで進んでいたのに、「すでに所有者が別人になっている」と言われたらしい。

「家なんて他人に売った覚えなんてないよ」と奥さんが震える声で訴える。夫婦は長年そこに住んでいたが、最近は施設に入っており、鍵も持っているのは自分たちだけだという。

老夫婦が語る「誰かが住んでいた」証言

施設の職員によれば、たまに家に戻っていたご主人が「誰かが勝手に風呂を使っていたようだ」と言っていたらしい。しかも、キッチンには調味料が新しいものに変えられていたとか。

侵入の形跡はなかった。鍵が変えられていることにも、老夫婦は最近気づいたらしい。「なんだかサザエさんの家に、いつの間にか新しいマスオさんが住んでるみたいで、、、」とご主人は苦笑した。

鍵が勝手に変えられていたという証拠

ホームセンターで鍵を取り替えたという記録を探すと、ある人物の名義で領収書が出てきた。その名は、登記簿に記載された買主と一致していた。

この家に誰かが意図的に住みつき、売買契約を偽装している疑いがますます濃くなってきた。だがそれを立証するには、もっと決定的な証拠が必要だ。

サトウさんの冷静な分析

「これ、通帳の履歴と照らし合わせてみたほうがいいです」サトウさんが通帳コピーを指さす。そこには、売買契約の日付と近い日付で、大金が振り込まれていた記録があった。

だが、それは老夫婦の口座ではなく、第三者の名義口座への振込だった。まるで最初から、売買代金を持ち逃げする計画だったかのようだ。

印鑑証明書の日付に潜む矛盾

さらに追及すると、提出されていた印鑑証明書の交付日が、売買契約よりもかなり前の日付であることが分かった。まるで誰かが、先に印鑑だけを準備して待っていたようだった。

普通の契約ではありえないタイミングだ。これは完全に計画的犯行だろう。

通帳の出金履歴と売買のタイミング

通帳を確認すると、売買代金が入金された直後に、複数回に分けてATMで引き出されていた。金額はバラバラだったが、明らかに現金化を狙った動きだった。

しかもその出金場所はすべて、県境近くのコンビニATMだった。逃走準備、、、というより、すでに犯人は姿を消している可能性もある。

シンドウの現地調査

事件の真相を探るには、現場を見てみるしかない。僕は重たい腰を上げて、その物件へと車を走らせた。サトウさんは当然のように来なかった。

物件は少し郊外にある平屋で、庭の草は伸び放題だった。だが、ポストには新しいチラシがたまっておらず、誰かが定期的に片づけている気配があった。

かすかな足跡と郵便受けの中身

玄関前の土に、まだ新しそうな足跡があった。しかも、郵便受けの中には「電気料金督促状」があった。それは、登記上の所有者宛てになっていた。

つまり、物件の電気契約もすでに新所有者名義に変更されているということか。ここまで来ると、単なる間違いとは思えない。

ご近所が語る「見慣れない若者」

近所の奥さんが、「最近若い男の人が何回か出入りしてたわよ」と教えてくれた。特徴を聞くと、やけに派手な服装で、サングラスをかけていたらしい。

「あら、あの人たちもサザエさんのアニメみたいに交代制なのかしらね」と奥さんは笑っていたが、こっちは笑えない。

登記官との奇妙なやりとり

法務局に出向き、登記官に確認を取ると、書類に不審な点が多いことが判明した。「あの件、、、少し引っかかってたんですよ」と登記官がぼそりとつぶやく。

どうやら、提出された書類に複数の筆跡が混ざっていたらしい。サインと認印の部分で筆圧も違うという。

申請人の名前に既視感を覚える

ふと申請人の名前を見て、僕の脳裏に電撃が走った。これは、数年前に別件でトラブルになった不動産ブローカーの偽名と一致していたのだ。

名前こそ違えど、書式や手口が酷似している。間違いない、同一犯の可能性がある。

かつての詐欺事件との共通点

そのブローカーは、当時も高齢者を利用して売買契約をでっち上げ、偽造した実印で登記申請をしていた。今回のケースも、手口はほぼ同じ。

違うのは、今回は名義変更まで通ってしまっている点だった。やれやれ、、、また面倒なことになりそうだ。

書類に隠されたもう一つの名前

資料を精査していると、ある添付書類の裏面に、消し残しのような名前が浮かび上がっていた。コピーを繰り返すうちにインクが薄れ、元の内容が透けて見えていたのだ。

その名前は、登記簿には一切出てこない人物だった。しかし、通帳の名義人と一致していた。

手書きの振込依頼書が導く真相

銀行に確認を取り、手書きの振込依頼書を取り寄せた。そこには明確に偽造された筆跡があり、しかも被害者の名前を騙っていた。

銀行もすでに内部調査を始めており、これが刑事事件に発展するのは時間の問題だった。

一文字違いの会社名が鍵になる

犯人の使っていた口座は、「セイシン不動産」名義だったが、以前の事件では「セイシン住宅」名義だった。たった一文字の違いだが、法人格は完全に別物だ。

だが、代表者の名前と住所は一致していた。これで決定打となった。

サトウさんの決め手となる推理

「たぶんこの犯人、印鑑証明の番号をランダムに流用してますよ」サトウさんがモニタを見ながら言った。その根拠も合理的だった。

過去に提出された書類との一致率が高すぎる。つまり、複数の事件で使い回されていたのだ。

不動産会社の代表印と実印の違い

決め手となったのは、登記申請に使われた印鑑が、法人の代表印ではなく、個人の実印だったこと。これは明らかに手続きを誤魔化す意図がある。

代表権があるように見せかけて、責任の所在をぼかす、、、古典的な詐欺手口だが、いまだに通用してしまうのが怖い。

真犯人が残した唯一の痕跡

最後の手がかりは、手書きの振込依頼書の端にあった、小さな落書きのような記号だった。これは以前の事件でも見つかっていた符号と一致した。

「やっと捕まえたな」と僕がつぶやくと、サトウさんは「あとはこちらで処理します」と言って、静かに席を立った。

事件の結末とその後

真犯人は後日逮捕され、老夫婦の所有権も無事に回復された。だが、完全に元に戻すにはまだ時間がかかるだろう。登記の世界では、傷は深く残るのだ。

「こんなに苦労しても、報酬は変わらないんですよね」と僕が嘆くと、サトウさんは「それが仕事ってもんでしょう」といつもの塩対応。

依頼人の逮捕と家族の涙

実は最初に相談に来た人物も共犯者の一人だった。老夫婦の遠縁を装って、物件の売却話を持ち込んできたのだ。

嘘が暴かれた瞬間、依頼人はうなだれていた。「家族のためだった」と言い訳していたが、それが免罪符になるはずもなかった。

サトウさんの冷たい一言と僕のため息

「今日の夕方、また決済ありますけど、寝てないなら顔洗ってください」事務所に戻るなり、サトウさんの一言が突き刺さる。

「やれやれ、、、」と呟いた僕は、眠気をこらえて立ち上がった。推理は終わった。でも、日常はまだまだ続くのだ。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓