登記簿が隠した家

登記簿が隠した家

司法書士の朝は電話から始まる

表題登記が絡んだ謎の依頼

朝のコーヒーをひとくち飲んだ瞬間、電話が鳴った。依頼主は古びた声の男性で、開口一番「登記が変なんです」ときた。
詳しく聞けば、祖父の家を相続しようとしたところ、そもそもその家の登記が存在しないのだという。
固定資産税は払い続けていたというのに、登記簿には家屋番号も記載されていないらしい。

サトウさんのため息とファイル音

「またですね」サトウさんはため息まじりにファイル棚を漁った。
塩対応とはこの人のためにあるような言葉だが、事務作業の手は異常なまでに早い。
「過去の表題登記申請書、調べておきます」と言って、僕より先に調査を開始していた。

消えた家屋番号

登記簿にないはずの建物

地番は間違いない。にもかかわらず、該当の家屋についての記録は登記簿に見当たらなかった。
おかしい。昭和の中頃に建てられたはずの家が、まるで存在しなかったかのように消えている。
「幽霊屋敷ですかね」と僕が言うと、サトウさんは無言でメモを差し出してきた。

固定資産税台帳との微妙なズレ

税台帳にはしっかりと建物の記載がある。面積、構造、建築年も一致。
なのに登記簿に表題がないということは、過去に表題登記がされず、税務だけが先行していたか、あるいは意図的に抹消されたか。
「この微妙なズレ、意外と重要かもしれませんよ」サトウさんの声が少しだけ楽しそうに聞こえた。

資料の山と残業の夜

元地主の存在が浮かび上がる

古い登記簿謄本と住宅地図を広げていると、ある名前が頻繁に出てくることに気づいた。
依頼者の祖父とは異なる姓。どうやらその土地はかつて別の家系の所有だったらしい。
「この人、今も生きてるのかしらね」サトウさんがPCを叩いて調査を始めた。

サトウさんが黙って指さした箇所

しばらくして、サトウさんが登記簿のある欄を指さした。「滅失登記」の文字がそこにあった。
ただしその申請日は、実際に建物が残っていた時期と明らかに重なっていた。
「これ、虚偽申請の可能性ありますね」と呟いた彼女の目は、探偵漫画の名探偵のようだった。

現地調査の違和感

地番のずれた境界標

翌日現地へ向かうと、境界標が不自然な位置に打たれていた。
周囲の家とも配置がずれており、どうやら筆界が意図的に動かされた形跡がある。
この時点で、ただの表題登記漏れではないと確信した。

昔の航空写真に映るもの

役所で手に入れた昭和50年代の航空写真には、問題の家がはっきりと写っていた。
しかもその写真には、現在存在しない別の家屋まで映り込んでいた。
「これは…ちょっとしたサザエさん時空ですね」僕の冗談に、サトウさんは完全スルーだった。

かつての表題登記申請書

筆界未定の記載の意味

見つけた古い申請書には「筆界未定」との記載があった。
これにより登記官は処理を保留していたらしく、そのまま放置されていたようだ。
だが、その後に誰かが勝手に滅失登記を入れた形跡がある。悪意がある。

同一敷地に二つの家があった

写真や図面を照合すると、かつて同じ地番に二棟の建物が存在していたことが判明。
現在の依頼者の家と、かつての地主の家。どうやら登記簿に残ったのは後者だけ。
つまり、依頼者の祖父の家だけが、記録上存在を抹消されていたのだ。

サトウさんの推理

登記原因に潜むからくり

「おそらく、昔の地主が自分の家だけを残して、もう一方を申請なしに滅失したのでは」
サトウさんの仮説はこうだった。元地主が法の隙をついて、自分の家屋だけを正式に残した。
そして依頼者の祖父の家は、建っていながらも記録上“消された”のである。

意図的な建物滅失登記の可能性

その証拠に、滅失登記の添付書類が不自然に簡素だった。
写真もなく、現地確認の記録もない。まさに書類上だけの「消去」だった。
「昔の人って、こういうところだけ妙に頭が回るんですよね」とサトウさんが苦笑した。

やれやれの一服と決断

元野球部の足が再び走る

「やれやれ、、、」とつぶやいて、僕はコンビニ前で缶コーヒーを飲み干した。
一服する間もなく、再調査の申請書を整える準備に入らなければならない。
サトウさんにだけは任せておけない。今回は僕が動く番だ。

対峙する元登記名義人の息子

証言が導いた意外な真相

元地主の息子は、意外にも素直にすべてを語ってくれた。
父親が高齢で法的手続きに無頓着だったこと、もう一方の家の人と揉めていたこと。
結果的に意図的とは言えず、ただの“都合の良い放置”が生んだ虚偽だった。

再構築された登記の筋道

表題の裏にあった家族の事情

家屋調査士と連携し、新たに建物表題登記を申請した。
依頼者の家は、ようやく正式に法的な存在となった。
その裏には、争いよりも「面倒」を選んだ家族たちの事情があったのだ。

帰り道とカレーうどん

サトウさんの無言の評価

いつもの帰り道、うどん屋でカレーうどんをすする僕に、サトウさんは何も言わなかった。
ただ、いつもより少しだけ多めにネギが入ったどんぶりをこちらに押し出してきた。
それがこの案件に対する、彼女なりの評価だったのかもしれない。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓