登記簿に浮かぶ疑念

登記簿に浮かぶ疑念

静かな町に響く依頼

「先生、ちょっと気になる登記があるんですけど…」
サトウさんが、事務所のコーヒーを片手に淡々と口を開いた。彼女の口から「気になる」という言葉が出た時点で、私の午後の休息は奪われたも同然だった。
依頼人は、父親から譲り受けたという古びたアパートの名義変更を依頼しにきたが、その登記簿の内容が何かおかしいらしい。

サトウさんの冷静な分析

「この名義人、平成七年に死亡してるのに、平成十年に売買登記されてるんですよ」
パソコンの画面を示しながら、サトウさんが無表情で言う。
「やれやれ、、、サザエさんじゃないんだから、幽霊が不動産売るなんて話、笑えませんよ」私はため息混じりに肩をすくめた。

依頼人が口を濁す理由

依頼人の男性は、どこか挙動不審だった。父親から譲られたと言っていたが、肝心の遺言書も贈与契約書も存在しない。
「父は口頭で言ってました。俺に譲るって…」と曖昧に語るその姿に、私はますます疑念を深めた。
登記簿の記載に不整合がある以上、何かが隠されている可能性が高い。

不可解な登記の痕跡

登記の履歴を見ていくと、明らかに不自然な所有権の移転が記録されていた。しかも、印鑑証明や住民票の添付が省略されていた。
通常ではありえない処理方法だ。
過去に関与した司法書士の署名は、私の記憶にもかすかにある古参の名前だった。

所有者欄に記された違和感

被相続人とされる人物の名前が微妙に違っていた。戸籍上の漢字が「高橋」なのに、登記簿では「髙橋」になっている。
この一字違いが、すべての鍵を握っているような気がしてならなかった。
サトウさんはすでに、過去の閉鎖登記簿を取り寄せる準備を始めていた。

古い登記簿が語る過去

古い紙の登記簿を手に取ると、すぐに変化に気づいた。
平成元年当時、この物件は別の人物が所有していた痕跡があり、そこから名義が飛んでいるような印象を受けた。
「やっぱり一度、どこかで捏造されてるな」私はつぶやいた。

調査のはじまり

私は地元の法務局に向かい、該当不動産の過去の申請書類一式を閲覧した。
写しの中には、驚くべきものがあった。明らかに筆跡が不自然な委任状。
しかも、代理人名が第三者になっており、依頼人とは無関係の名前だった。

役所での手がかり探し

役所の職員がひそひそと話していたのが聞こえた。「あの案件、またですか…」
どうやらこの不動産、過去にもトラブルの火種になっていたようだった。
私はすぐに過去の裁判記録にアクセスするため、知り合いの弁護士に連絡を入れた。

登記簿に記された別の名義人

平成十年に登記をしたとされる人物の名が、なぜか現在の登記簿には存在しない。
失踪扱いになっていたのだ。しかも警察に届け出たのは、今回の依頼人の父親だった。
偶然にしては出来すぎている。

突然の訪問者

事務所に戻ると、一人の中年女性が訪ねてきた。彼女はかつてそのアパートの住人だったという。
「お父さん、あの人じゃないです。別の人でした。紙の上だけで所有者だったようです」
証言は、まるで古びた推理漫画のモノローグのように淡々と続いた。

沈黙する隣人の態度

依頼人の隣に住んでいた老人が、事情を知っていそうだった。だが、私の問いには「知らん」の一点張り。
その沈黙に、逆に確信を抱いた。
「この人、何かを隠している…」サトウさんがポツリとつぶやいた。

古写真が暴く秘密

証言者の女性が持ってきた一枚の古写真に、私は目を奪われた。
写真の中に写る人物は、依頼人の父ではなかった。
そしてその背後には、あの老隣人がにやけた顔で写っていた。

過去と現在が交差する瞬間

「つまり…登記名義は全部、隠れ蓑だったってことですか?」
サトウさんの声が、事務所の中に響いた。
「うん、で、アパートの実質的な管理をしてたのが隣人だった。名義だけ操作してたとしたら…詐欺の可能性もあるな」

失踪者の影

行方不明になっていた名義人の戸籍が、除籍になっていた。
警察の捜索も打ち切られている。
しかし、彼の住民票が数年前、突如どこかに移動されていたことが発覚した。

登記と人間関係の綾

調べれば調べるほど、父親、隣人、依頼人の関係は歪だった。
そして三人とも、本当にこの物件を所有していた形跡がなかった。
つまりこのアパート、所有者が誰なのか実質的には不明のままだったのだ。

真相に迫る夜

「もう一歩なんですよね、何かが足りない」
私は天井を見つめながら、コーヒーをすすった。
すると突然、サトウさんが言った。「この旧姓、見覚えありません?あの依頼人の母親の旧姓ですよ」

サトウさんの仮説

「つまり、所有者になっていた“失踪者”は、依頼人の母の再婚相手だった可能性が高いんです」
サトウさんの推理は鋭い。
母親を通じて財産を動かすため、偽装登記を行ったのではないかという疑いが浮上した。

うっかりが招いた突破口

そして私が、旧登記簿の写しを逆さまに見ていたとき気づいた。
「この署名、隣人の筆跡と一致してる…」
やれやれ、、、こんな偶然で真相が転がり込むとは、人生は時にコナンよりも雑だ。

事件の核心

偽造された登記書類、失踪者を装った名義操作、そして沈黙を守っていた隣人の関与。
すべてが繋がった。サトウさんは、証拠資料を丁寧にまとめて警察に提出した。
依頼人は知らなかったこととはいえ、結果的に不正な財産取得に加担していたことになる。

背後にいた意外な人物

裏で糸を引いていたのは、依頼人の母だった。
彼女はすでに亡くなっていたが、過去に何度か不動産取引でトラブルを起こしていた記録が出てきた。
これはもう、歴とした「家族ぐるみの隠蔽工作」だったのだ。

法の隙間を突いた手口

司法書士の職業的な目から見ても、非常に巧妙だった。
しかし、手口が巧妙であるほど、小さな“うっかり”が命取りになる。
今回はたまたまそれが、私のうっかりだったというわけだ。

司法書士の決断

私は、依頼人に正直に伝えた。
「あなたに悪意はなかったかもしれません。でも、この登記は無効です。元に戻す必要があります」
彼は、静かにうなずいた。

告発か黙認か

私は逡巡したが、最終的には警察にすべての情報を提出した。
それが私の職責だし、何より後味の悪さを残したくなかった。
「先生、たまにはかっこいいですね」サトウさんの皮肉も、今日はちょっとだけ嬉しかった。

やれやれ、、、この仕事は疲れる

長い一日が終わり、私はデスクにもたれかかった。
ふとテレビをつけると、サザエさんのエンディングが流れていた。
やれやれ、、、あっちは毎週平和でうらやましいよ、まったく。

結末の余韻

事件は解決したが、まだ書類仕事が山のように残っていた。
「明日の午前中までに、この報告書まとめといてくださいね」
サトウさんの塩対応は、いつもの通りだった。

サトウさんの一言

「先生、今度から筆跡はちゃんと正位置で見ましょうね」
その一言が、今日一番効いた。
私は心の中でそっと反省した。

再び静けさが戻る事務所

事務所の時計が、午後七時を回った。
静まり返った室内に、エアコンの音だけが響いていた。
そして私は、今日もまた、そっと深いため息をついた。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓