筆界に眠る嘘
朝のコーヒーと知らぬ来訪者
朝のコーヒーがようやく胃に落ち着いたころ、古びた革鞄を手にした男が事務所を訪れた。 「父の土地に不審な点があるんです」と、その男は低い声で言った。 書類を取り出す手が震えていたのが妙に印象に残った。
旧土地台帳の影
依頼人が持ち込んだのは、戦後間もない時代の旧土地台帳の写しだった。 どこにでもあるような田舎の農地だが、何かがおかしい。 現行の登記簿と見比べると、地番の構成が微妙にズレているのだ。
過去の登記簿に潜む違和感
法務局で閲覧した登記簿謄本には、誰かの意図を感じさせる記載変更があった。 とくに平成十年代に入ってからの登記が妙に多い。 持ち主が頻繁に変わるのも不自然だった。
サトウさんの指摘と隠された地番
「先生、この地番の末尾、書体が違います」 淡々とした口調でサトウさんが言う。彼女の言葉にドキリとした。 よく見れば、手書きで追加されたような筆跡が混ざっている。
登記簿の書換え疑惑
書換えられた登記簿——それが真実なら、重大な法的問題になる。 第三者が地番を書き換え、土地を乗っ取ろうとしたのだとすれば…。 思わず背筋が寒くなった。
現地調査で見えたフェンスのズレ
現地に赴くと、フェンスの位置が明らかに不自然だった。 本来の境界線よりも数十センチほど南にずれている。 近隣住民も「いつの間にか変わってた」と証言する。
隣地所有者の不可解な証言
「先代から譲ってもらったと聞いてます」 隣地の男は澄ました顔で言ったが、権利証を見せてはくれなかった。 やれやれ、、、まるで昭和の探偵ドラマみたいな展開だ。
古い境界杭と新しい図面
地中から掘り出した古い境界杭には、消えかけた刻印があった。 明治時代の測量杭の可能性が高い。 それに対して提出された図面は、なぜか市販ソフトで作られたようなフォーマットだった。
法務局の沈黙と協力者
「これは職権で修正されたものです」 そう言い切った登記官の目が泳いでいた。 サトウさんが裏で資料請求してくれていたのが助かった。
やれやれ、、、地積測量図が語る真実
決め手となったのは、十年前の測量士による地積測量図だった。 境界は当初から現在の位置ではなく、意図的にずらされた形跡がある。 そこにこそ“嘘”があったのだ。
偽筆の申請書と遺された印鑑証明
最終的な証拠は、司法書士として恥ずかしいが登記申請書の中にあった。 偽造された印鑑証明書と、筆跡の違う署名。 依頼人の父の遺品から、それと一致する本物が出てきたとき、全てがつながった。
サトウさんの冷たい一言
「それ、最初から確認しておけば早かったですね」 彼女はパソコンを打ちながらそう言った。 正論だが、胸に刺さるのはなぜだろう。
筆界特定制度という切り札
筆界特定の申し立てを行い、専門家の判断が下された。 結果は、依頼人の主張が全面的に認められた。 やっと法の力が真実に追いついた気がした。
真犯人は誰か
土地を狙っていたのは、先代所有者の遠縁にあたる人物だった。 あくまで親族間の誤解を装いながら、地番の書換えで利益を得ようとしていた。 その男は、最後まで「知らなかった」と言い張った。
境界に翻弄された遺志
依頼人の父は、生前「土地は譲っても構わないが、ウソは許さない」と言っていたそうだ。 その言葉が、息子を動かした。 土地は守られたが、父の遺志が本当に報われたのかはわからない。
登記の正しさとは何か
形式は整っていても、そこに真実がなければ意味がない。 登記は法の記録であると同時に、人の生きた証でもある。 そしてその信頼を守るのが、我々司法書士の役目だ。