雨の法務局で始まった謎
沈黙の登記官
朝から冷たい雨が降り続いていた。薄暗い法務局の窓際、登記官・木島の背中はいつにも増して重く見えた。書類を受け取るその左手が、わずかに震えているのに気づいたのは偶然だった。
「最近、木島さん、様子変じゃないですか?」サトウさんが小声で言った。僕は曖昧に頷いた。なんとなく、ただの疲れではないと感じていた。雨のせいではない、不穏な気配が漂っていた。
不可解な訂正印
歪な印影と違和感
建物表題登記の申請書。その訂正印の位置が不自然だった。普段なら見逃してしまうような細部に、サトウさんはすぐ気づいた。「これ、右手じゃ押せませんよね。この角度、左手です」
「利き手と逆ってことか」僕は呟いた。登記官が利き手じゃない手で訂正印を押す理由とは。一見小さな違和感が、やがて巨大な闇の入り口になる。推理ものの定番だ。
十一時の訪問者
鳴海司法書士の笑顔
その日の午前十一時、同業者の鳴海が訪ねてきた。口調は軽やかで、「ちょっと確認がありまして」と笑った。だがその後、木島は急遽早退した。不自然すぎる展開だった。
「鳴海さんって、以前ミスで処分寸前になった人ですよね」サトウさんの記憶力には感服する。「なんか、再登場キャラの雰囲気ありますね」僕は思わず『ルパン三世』の銭形警部の顔を思い出していた。
左手の真実
引き出しの中の古い印鑑
木島の机の引き出しには、もう使用されていない古い印鑑が入っていた。そして、その印鑑には新しいインクの痕跡があった。「これを使って、訂正を装ったんだ」
「つまり、正規の手続きを経ずに訂正された申請書が存在するってことですね」サトウさんの目が鋭く光る。左手だけが知っていた秘密が、少しずつ姿を現しはじめた。
決定的な映像
映された左手の動き
法務局の裏側にある監視カメラ映像。そこに映っていたのは、鳴海が木島に耳打ちし、木島が無言でうなずき、左手で印を押す様子だった。その動きは、異様に慎重で、まるで罪悪感をなぞるようだった。
「証拠、揃いましたね」サトウさんが静かに言った。証拠が揃うと一気に話が進む。『名探偵コナン』でもいつもこのあたりで犯人が「なぜそれを!」と叫ぶのだ。
鳴海の動機
借金と偽装登記
鳴海は、過去の失敗で損害賠償を抱えていた。今回の偽装訂正は、それをなかったことにするためのものだった。木島を利用し、左手で印を押させれば、責任の所在を曖昧にできると踏んだのだろう。
「まるでキャッツアイのトリックですね。誰も見ていない隙に、大事なものをすり替える」僕がそう言うと、サトウさんは「例えが古い」と吐き捨てた。
木島の後悔
正義感との葛藤
「助けてやりたかったんだ、アイツを…」木島は静かに呟いた。「でも、やっぱりこれは間違いだった」彼は自ら処分を願い出た。左手に残るインクの染み、それが彼の良心の証だった。
やれやれ、、、こういう形で人の優しさが裏目に出るとは。僕の胸に、じわじわと重苦しいものが広がっていった。
サトウさんの一言
冷静な判断の裏にある想い
「司法に関わる人間が情に流されたら、終わりです」サトウさんは事務所に戻ると、冷たくそう言った。だけどその声は、どこか揺れていた。
「誰かが守らないといけませんからね。正しい手続きを」彼女の目は、まっすぐだった。僕はその背中に、なぜか安心感を覚えた。
後処理という名の地味な戦い
誰も見ない努力
報告書の作成、関係各所への通知、証拠の整理。事件は終わったが、地味で骨の折れる作業が始まった。結局、それをやるのは僕なんだけどね。
「シンドウさん、やること山積みですよ」サトウさんの塩対応が、今日も健在だ。まったく、こっちの心のケアもしてくれよ…。
そして平常へ
それでも日常は続く
数日後、いつものように申請書が山積みの事務所。鳴海は資格停止となり、木島は静かに辞職した。僕たちは、何事もなかったように淡々と仕事をこなしている。
やれやれ、、、これだから司法書士はやめられない。いや、できればやめたいけど。