封印ノ契約
朝からどんよりとした曇り空だった。こういう日は決まってトラブルが舞い込む。いつも通りコーヒーを淹れていたら、サトウさんが玄関から顔を出して言った。
「シンドウさん、公証役場から電話です。今すぐ来てほしいそうです」
やれやれ、、、俺のコーヒーは今日も冷める運命か。
公証役場の午前十時
公証役場の重たいドアを開けると、待っていたのは見覚えのない中年男性だった。少し落ち着かない様子で、こちらに軽く頭を下げる。
「司法書士のシンドウ先生ですか? 父が残した遺言書について相談したいのですが」
ふと、奥の事務室から出てきた公証人の先生が、何かを言いたげな目をしてこちらを見た。
見知らぬ依頼人と一通の封筒
依頼人は「中尾雄大」と名乗った。差し出された茶封筒には「開封厳禁」と殴り書きされた文字。表面には公証人の署名と押印があった。
「父は死ぬ直前、公証役場にこれを預けたそうです。内容は見ていません」
その言葉に、公証人はわずかに首を振った。「これは遺言書ではなく、ある契約の証拠文書です。封印が解けるには条件があります」
サトウさんの冷ややかな視線
事務所に戻ると、サトウさんが淡々と書類を整理していた。俺が何か話しかけるたびに、うっすらとため息をつかれるのはいつものことだ。
「そんな封筒、開けたら呪われるんじゃないですか? 推理漫画なら確実に誰か死にますね」
「だから俺も関わりたくないんだよ。俺はサブキャラでいいんだって」
「その割に毎回事件に首突っ込んでますけどね」
遺言と相続のすれ違い
雄大氏の話によると、父親は三年前に脳梗塞を患い、リハビリの末に亡くなった。財産はほとんどないと聞いていたが、なぜ今さら契約書なのか。
「しかも俺、父と十年以上会ってなかったんですよ。何を今さらって感じです」
その語り口から、父との間に深い確執があったことがにじみ出ていた。
登記と契約と沈黙
気になったのは、数日前に登記簿を調べたときに目にした一件の仮登記だ。地元ではあまり聞かない宗教法人の名義で、かつての中尾家の土地に関するもの。
「お父様、この団体と何か関係が?」
「いや、まったく身に覚えがないです」
そう言うが、何かが引っかかる。仮登記の時期は、父が公証役場に書類を持ち込んだ日と一致していた。
生きているはずの死亡届
さらに調べていくうちに、信じられない事実に突き当たる。なんと、中尾雄大の父は、死亡届が出される半年前に「別人として転籍」していたのだ。
「え、じゃあ……父は別人になって生きていたってことですか?」
俺は頷いた。まるで某探偵アニメのような展開だ。顔を変え、名を変え、誰かと何かを守るために。
喫茶店で語られる過去
近所の喫茶店に場所を移し、雄大氏と対面した。窓の外には曇り空のままの街が広がっている。
「母が亡くなったあと、父は塞ぎこんでいました。俺も反発して家を飛び出した」
その間に、父は何か大きな罪か、秘密を背負い、自分を消したのだろうか。
証明と証言のはざまで
サトウさんが、ふと何かを思い出したように言った。
「仮登記の原因証書って、本人以外も持ち込みできるんでしたっけ?」
「ああ、原則は本人か代理人だけど、事実上それを装って申請することは不可能じゃない」
「ということは、偽装された契約書が公証人の手に?」
この仮説を聞いたとき、俺はようやく点と点が線になった気がした。
遺言の内容と公証人の証言
再び公証役場に赴き、公証人から重要な事実を聞かされた。
「あの封筒を持ち込んだのは、確かに中尾孝一さんでしたが、同時に“開けると家族が危険に晒される”とも言っていました」
まるで、仮面ライダーの変身前みたいな悲壮な覚悟を感じさせる言葉だった。
サザエさんじゃないけど妙な既視感
俺の脳裏に浮かんだのは、ある古い依頼記録だった。そこには一度だけ相談に来た名前が記されている。
「サトウさん、これ……見覚えある?」
「うわ、懐かしい。あのとき“身分を証明できないけど、名前を記録してくれ”って言ってきた変な人ですよ」
謎のピースが、また一つはまった気がした。
やれやれとつぶやいたその時
封筒の封を切るタイミングは、俺が決めることじゃない。けれど、このまま放っておくわけにもいかない。
「やれやれ、、、俺、ほんとに司法書士だったっけ」
封を開けると、中には数枚の文書と一通の手紙。そしてそこには、こう書かれていた。
「この契約が果たされたとき、私は本当に死んだことになる」
サトウさんの一言がすべてを変えた
黙って読んでいたサトウさんが、急に口を開いた。
「この契約書、日付が合いません。公証人が見落とすなんてありえないです」
「つまり?」
「誰かがあとからすり替えたんですよ。死んだことにしたかったのは、たぶん本人じゃない」
公証人の証言さえも、誰かの手で巧妙に操作されていた可能性が出てきた。
封印ノ契約の真の意味
契約書には、ある土地を守る代わりに“姿を消す”という一文があった。その土地には、戦時中の地下壕が埋まっているという噂があった。
誰も傷つけないために自分を捨てた。まるで昭和のヒーローか何かみたいな男だったのかもしれない。
「書類一つで人生を変えた男か……」
司法書士シンドウのささやかな逆転劇
数日後、仮登記は取消され、宗教法人は地元から姿を消した。封印された契約は、誰の手も汚すことなく終わった。
「シンドウさん、今回はカッコよかったですね」
「おう、いつもだってカッコいいだろ」
「……はいはい」
やれやれ、、、塩対応にも慣れてきた。