供託された愛の真実

供託された愛の真実

朝の書類山と謎の依頼人

机の上にうず高く積まれた書類の山を前に、俺はため息をついた。サザエさんの波平よろしく、髪も気力も一本で踏ん張っている気がする。そんな朝に限って、妙な依頼が飛び込んでくる。

「供託金の返還請求をお願いしたいんです」と言ったのは、泣きはらした目をした若い女性だった。どこかで見た顔だが、思い出せない。いや、もしかすると——。

供託金返還請求という言葉の違和感

供託金返還自体は珍しい依頼ではない。ただ、彼女の言葉の端々に、なぜか“恋”の匂いがした。お金を返してほしい理由が、どうにも法的に理路整然としていない。つまり、そこには感情が混じっていた。

しかも彼女は「彼に返さなくていいと思うんです」と言いながら、なぜか返還手続きを急かしてきた。矛盾しているようで、彼女なりに整理がついていない様子だった。

登場した元恋人の証言

その日の午後、供託金の名義人だという男が事務所に現れた。清潔感のあるスーツ姿の男で、彼は淡々と語った。「別れた彼女が、慰謝料のようにお金を供託したんです」と。

まるで“怪盗キッド”が予告状を読み上げるような冷静さだった。しかし、なにかが引っかかる。どちらの話にも事実と嘘が織り交ぜられている気がした。

破局の理由と預けたお金の行方

二人の証言を突き合わせてみても、供託された金額がやけに大きいことがどうしても腑に落ちない。恋愛感情のもつれで済ませるには額が多すぎるのだ。

その上、供託の目的が“将来への信頼”という一文で締めくくられていた。愛なのか、皮肉なのか。依頼人の意図が読めない。

通帳と筆跡の矛盾

供託されたときに添付された通帳のコピーには、彼女のサインがある。しかし、供託所から取り寄せた原本の控えと、微妙に筆跡が異なっていた。

俺は首を傾げた。やれやれ、、、筆跡鑑定なんて探偵の領分だと思っていたが、司法書士もたまにはシャーロックホームズにならないといけないらしい。

サトウさんの睨んだ不自然な取引履歴

「この口座、直前に大きな出金があるんですけど」サトウさんが淡々と指摘する。言われてみれば、供託の数日前に100万円の現金が入金されている。

そしてその前に、それと同じ金額が、別の名義の口座から出金されていた——元恋人の口座だった。つまり、金の出処は彼だったのだ。

供託所に残された名義の謎

供託書類の一部に、なぜか第三者の名前がちらりと見えた。それは男の姉の名前だった。どうやら彼は自分の借金返済に、元恋人の名義を使って供託した可能性がある。

愛を装って、借金の隠蔽に使われた供託金——そう思うと、胸の奥が冷えた。

もう一人の関係者が浮上する

彼女は、彼の借金を知っていた。しかし、彼を守るために何も言わなかった。供託という形で彼を助けた——そして、別れた。

それを知ったとき、俺はなんとも言えない無力感を覚えた。法律は感情を扱わない。けれど、この依頼は感情の上にしか成り立っていなかった。

元野球部の直感が動いた瞬間

「俺がバントで外す時は、決まって相手が牽制してくる時だったな」ふと漏れた独り言に、サトウさんが呆れ顔を向ける。「また野球の話ですか」

だが、その感覚は当たっていた。供託書に隠された裏書きの微妙なズレ。それが、彼の筆跡ではなく姉のものであることを見抜く鍵になった。

バントの構えと嘘の構えは似ている

見せかけだけの行動と、裏にある意図。そのズレを見抜けるかどうかが、勝敗を分ける。今回も同じだ。彼女の“返していい”という発言こそが、最大の警告だった。

本当は返してほしくなかった。彼のために、自分の気持ちを封じ込めようとしていたのだ。

愛情か裏切りか書類に残された選択

供託金返還請求の手続きを進めるか否か。俺は彼女に確認を取った。「このまま返しますか?」

しばらく沈黙した後、彼女は静かに首を振った。「返すのは、彼自身が謝ってからにします」

供託されたのは金か想いか

形式上の供託金。それはただの金ではなかった。謝罪を待つ気持ち、失われた信頼、そして消えない想い。

供託されたのは、過去の恋だった。だが、まだ終わってはいない。

やれやれと呟いた司法書士

書類を整理しながら、俺は「やれやれ、、、」と呟いた。恋愛の後始末にまで付き合わされる司法書士の仕事は、サザエさんの波平並みに白髪が増えそうだ。

それでも、誰かの気持ちを守るための手続きなら、悪くはない。

サザエさん的ほのぼのからの急展開

「今夜、飲みにでも行きます?」と俺が誘えば、「残業お願いします」と即答するサトウさん。まるでカツオが波平の小遣いを期待して失敗するようなやり取り。

それでも、今日の疲れは少し軽かった。ほんの少しだけど。

証明された本当の請求者

数日後、供託金返還の正式な申請書が届いた。記名は男の姉だった。なるほど、そういうことか。彼の借金を姉が肩代わりし、彼女の名義を使ったのだ。

それを彼女が知っていたということは——すべて、愛の延長だったのだろう。

判を押すその手が震えていた

俺はその申請書に、淡々と認証の印を押した。法的な手続きには感情はいらない。だが、この手だけは、少し震えていたかもしれない。

俺にも、かつてそんな恋があったような気がしたから。

サトウさんの笑みと塩対応

「感傷に浸る前に、山積みの登記終わらせてください」サトウさんの冷たい声が飛ぶ。だが、その目元はどこか柔らかかった。

いつもの塩対応。でも、今日だけは少しだけ、しょっぱさが甘く感じられた。

淡々と真相を整理してみせた

事件ではなかったかもしれない。だが、真実を解き明かす過程は、まさに探偵そのものだった。いや、司法書士の出番だった。

この街にはまだまだ、謎が山ほど眠っている。

終わりと始まりの供託書

机の端に置かれた供託書。そのコピーには、“将来への信頼”という言葉が、やけに重く刻まれていた。

それは、恋の終わりでもあり、誰かの新しい一歩のはじまりでもあった。

想いを託す書類に判を押す

今日もまた、俺は誰かの想いに判を押す。その想いが過去でも、未来でも。

やれやれ、、、それが俺の仕事らしい。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓