名義変更の申請書
それは、月曜の朝にポストへ無造作に押し込まれていた。クリアファイルに挟まれた名義変更の申請書と、住民票、印鑑証明書。書類に不備はなかったが、どこか引っかかる。なにより、急ぎの依頼にしては手続きが中途半端に見えた。
「自分で処理しきれなくなったんだろうな……」そう思っていた。しかしその予感は、やがて現実になる。いや、予感というより、嫌な胸騒ぎの正体だった。
その依頼主、鈴木誠一は、名義変更の申請直後に死亡していた。
机の上の不自然な書類
届いた書類の中に、依頼人の直筆らしきメモがあった。そこには「何があってもこの名義変更は必要」とだけ走り書きされていた。まるで何かから逃げるような字だった。
「やれやれ、、、週の初めからサスペンスかよ」とぼやいたその時、奥の部屋から足音が近づいてきた。
サトウさんが、湯気の立つコーヒーを片手にやってきた。そして机の上の書類に目を通すと、眉をひそめた。
依頼人の訪問と違和感
「先週この人、事務所に来てます。すごく急いでたし、やたら後ろを気にしてました」
サトウさんの記憶は鋭い。俺は人の顔を覚えるのが苦手だが、彼女は一度会った人物のことはよく覚えている。まるで名探偵コナンの蘭ねえちゃんくらい。
「そうか……じゃあ、この申請書が届いたのは、その後ってことになるな」
男の死と登記の空白
市役所から電話が来たのは、その日の午後だった。鈴木誠一が、申請書の投函からわずか三日後に亡くなっていたという。
心不全、発作的な死、事件性はない。そう言われたが、書類の内容と彼の慌てぶりを考えると、まったく腑に落ちなかった。
しかも、名義変更の対象となる土地は、数年前に別の名義人に売却されていたはずだった。
市役所からの一本の電話
「名義変更の書類ですか? ええ、確かに本人の死亡届は受理しました。ご親族が手続きを進めているようですが……」
市役所の担当者の声は丁寧だが、どこか歯切れが悪い。まるで核心には触れたくないような、そんな感じだった。
俺の背中に冷たい汗がにじんだ。もしかしてこの手続き、単なる相続や移転ではない。
死亡と申請日の矛盾
俺は提出された住民票と死亡届の日付を照合した。驚いたことに、名義変更の申請日が死亡日よりも一日後になっている。
「死んだあとに書類が届くって、おかしくないですか?」サトウさんが低い声で言う。
やれやれ、、、誰がどう見ても黒だな。俺はため息をつき、タンスの奥から古い事件ファイルを引っ張り出した。
調査開始とサトウさんの推理
「そもそもこの土地、すでに売却されてるんですよね?」サトウさんが資料を指さす。「なのに、どうして再度名義変更が?」
その一言で、俺の頭の中で何かがつながった。これは“所有権移転”じゃない。“過去を消す”ための再登記だ。
偽装登記、それも極めて悪質なタイプかもしれない。
登記簿に残された謎の空欄
俺たちは登記簿を取り寄せ、変遷を確認した。奇妙なことに、ある期間だけ所有者の欄が空白になっていた。
そんなこと、登記上あってはならない。もはやサザエさんが週7で放送されるレベルの異常事態だ。
誰かが意図的に、履歴を操作している。
やれやれそんな簡単にいくかよ
俺は正義の味方でも警察でもない。ただの司法書士だ。だが、法律のグレーゾーンで何かを隠す連中には、腹が立つ。
「やれやれ、、、そんな簡単にいくかよ」独り言のようにつぶやいた。
サトウさんが「はい、出ました」と言ってコーヒーを啜った。なんか腹立つ。
鍵を握るはずの証人の失踪
旧所有者に会いに行こうとしたが、既に転居していた。転送先も不明。まるで雲を掴むようだ。
登記簿に印鑑を押した証人欄には、実在しない司法書士の名前が書かれていた。偽名だ。俺の職業を侮辱している。
一体誰がこんなことを?
元所有者と名義人の関係
調べていくと、鈴木誠一と元所有者は高校の野球部の同期だった。俺と同じく、地方大会止まりのチームらしい。
当時の記念写真がネットに残っていた。仲の良さそうな写真。でも、もう一人写っていた。第三者の男。
こいつが全ての鍵を握っている。
消えた印鑑証明
一通の公文書が偽造されていた。市役所に照会をかけると、「該当印鑑証明は発行されていない」との回答。
つまり、登記手続きに添付された証明書は偽物。鈴木が用意したのではない、誰かが鈴木に渡したものだ。
つまり、鈴木もまた利用されただけなのか。
真相と名義変更の意図
登記された土地は、かつて違法な産業廃棄物の投棄場だった。清算もされず、罰金も残っている。鈴木はそれを背負わされる形で名義変更を迫られたのだ。
死の直前、彼はすべてを知り、名義変更を中止しようとした。しかし、時すでに遅かった。
郵便ポストに投函された申請書は、すでに第三者の手で改ざんされていた。
もう一つの遺言書
遺品の中から、直筆の遺言書が見つかった。「すべてを明るみに出してほしい。自分のせいで誰かが傷つくのは嫌だ」
その文面に、俺は胸を打たれた。鈴木は罪を犯したわけじゃない。ただ、信じた人間に裏切られただけだ。
それでも、最後に自分の過ちを正そうとした。
偽造と贋作の狭間で
結局、登記は無効とされ、名義は元に戻った。廃棄場の跡地も行政が買い上げることになった。
誰も儲からなかった。でも、誰かが儲けるはずだった。その目論見は、鈴木の死で潰えた。
皮肉な話だが、鈴木の死は真実を引きずり出す鍵になったのだ。
ラストページの署名
事務所の机に戻り、今日最後の登記申請書に署名をした。ふと気づくと、サトウさんがじっとこちらを見ていた。
「さっきからずっと間違えてますよ。その印鑑、昨日の依頼人のですよ」 ……やれやれ、、、またやっちまった。
俺の戦いは、まだ続く。たぶん永遠に。