朝の裁断音
事務所の朝はいつも静かだが、今日はやけにシュレッダーの音が耳についた。ウィーン、ウィーンと、小刻みに紙を喰らう音。なにかを隠すように、ひたすらに。コーヒーを入れながら、その音に神経を逆なでされていた。
静かすぎるサトウさんの出勤
いつもなら「おはようございます」の一言がある。今日は無言。しかもデスクに座るや否や、持ち込んだ紙束をシュレッダーにかけ始めた。珍しい。サトウさんがこんなに静かなのは、たいてい面倒な案件が入ってくる前兆だ。
紙くずと気まずさとコーヒー
一口目のコーヒーが苦いのは豆のせいじゃない。紙くずの山とサトウさんの無言が、胃を刺激する。やれやれ、、、何か起こる。第六感というより、サザエさんの次回予告で「波平が怒るぞ」のフラグのようなものだ。
奇妙な依頼者
十時ちょうど、年の頃なら五十代前半の男が現れた。スーツは高級そうだが、ネクタイが緩んでいた。あきらかに何かを隠している目つき。しかも、名刺に記された名前がどこかで見た覚えがある。
登記の相談か遺言のトラブルか
「古い不動産の名義変更をお願いしたくて」と言いながら、彼は地積測量図と謄本を取り出した。だが、見るべきポイントはそこじゃない。付随して出てきた契約書の一部が、明らかに改ざんされていた。
目をそらしたその理由
指摘すると、彼は一瞬だけ目を逸らした。そしてすぐに笑顔を作ったが、その口元が震えていた。ここで黙って引き下がるようなシンドウじゃない。シュレッダーにかけたくなるほどの不都合な何かがある。
ゴミ箱の底から
昼下がり、コピー機の用紙補充ついでに、サトウさんが事務所のゴミ箱を入れ替えた。が、そのとき手が止まった。紙片の一部に、明らかに不自然なフォントと、手書きの補足が見つかったのだ。
サトウさんの塩対応と観察眼
「これ、昨日の契約書の写しかもしれません。右下の押印がずれてます」と、無表情で言い放つサトウさん。塩対応は相変わらずだが、その一言で事態は大きく動く。僕は急いで断裁機のくず入れをあさり始めた。
紙片に残された日付と筆跡
いくつかの断片をつなぎ合わせると、見えてきた。日付が一日違い。しかも筆跡が変わっている。どうやら誰かが契約日を意図的に変えて、証拠隠滅を図ったらしい。となれば、あの依頼者が怪しい。
裁断された契約書
残された紙片をスキャンし、画像処理で文字を復元していく。大学時代、野球部よりもパソコン室にいた時間が長かった経験がここで活きるとは。復元された内容は、依頼者の言い分と明確に食い違っていた。
登記済証と不動産の謎
特定の地番の不動産が、二重に売買契約されていた形跡があった。しかも、一方の契約書は断裁され、もう一方は偽造されたもの。これは単なる登記ミスではない。れっきとした詐欺のにおいがする。
契約書の複写と矛盾点
さらに、コピーされた契約書には、押印の跡があるにも関わらず、印影がない。「カーボン用紙の上で押したのでは?」というサトウさんの冷静な推理に脱帽。これで、証拠が偽物である可能性が一気に高まった。
封印されたファイル
棚の奥から、依頼者が提出した資料と似たフォルダが見つかる。どうやら彼は、以前にも同様の案件で誰かに相談していたらしい。その記録には、別人の署名と一致する筆跡が残っていた。
過去の取引と登記ミス
ファイルを読み解くと、過去にも同じ物件で名義トラブルがあったことが判明。しかも登記官のチェックで差し戻された経歴まである。彼はその過去を消すために、契約書を破棄したのだろう。
依頼者の裏の顔
調べを進めると、彼が小さな不動産会社を経営しており、いくつかの怪しい取引の噂があった。どうやら今回は、正式な契約に見せかけた二重売却で資金を得ようとしていたようだ。
やれやれの証拠集め
警察に提出するため、すべての書類を整理し直す。データ化し、時系列を並べる。頭が痛くなる作業だ。やれやれ、、、夏場にやる仕事じゃない。でも、誰かがやらないと、泣き寝入りする人が出る。
かつての野球部仲間の名
調査の中で、別の関係者の名簿にかつてのチームメイトの名前を見つけた。電話をかけてみると、彼はその詐欺スキームの被害者だった。あの頃の仲間が巻き込まれていたとは。これは、見過ごせない。
うっかりとひらめき
本来なら、シュレッダーにかけられたら終わり。でも僕は、紙を裏返して捨てる癖がある。その裏面に印刷された古いメールが決定的だった。まさにうっかりが功を奏した形だ。
決定的な一片
裁断された紙の一枚が、すべてを裏付けた。手書きで書かれた「再契約案」の文字。その筆跡は、被害者からの訴えと一致する。これで、依頼者の偽装工作が明白になった。
裁断されても消せないもの
証拠とは、形じゃない。痕跡とつながりが真実を導く。紙は裁断されても、記憶や筆跡、そして人の信頼までは裁断できない。それが司法書士としての信条だ。
司法書士の逆転劇
警察に資料を提出し、事情を説明すると、担当官も驚いたようだった。「ここまでやる司法書士は珍しい」と言われ、少しだけ誇らしかった。…まあ、うっかりが混じってたことは黙っておいたが。
サトウさんの一言
「たまには役に立ちましたね」と、サトウさんがポツリとつぶやいた。決して笑わない彼女が、ほんの少し口角を上げた気がした。その言葉だけで、今日の疲れが少しだけ報われる。
さりげなく核心を突く
「次からは、断裁前に両面チェックしてくださいね」と、さらに塩を振ってきた。はいはい、次は気をつけますよ。もうね、いちいち正論なのが悔しいんです。
塩と笑顔と疲労感
コーヒーを入れ直して、一息つく。今日は妙に疲れた。でも、この疲れは悪くない。ちょっとだけ充実感がある。ああ、明日は静かな一日であってくれと願いながら、カップを口に運んだ。
依頼者の告白
後日、依頼者は自ら出頭し、犯行を認めた。詐欺未遂で立件され、僕の提出した証拠が決定打になったらしい。世の中には、まだ正義が通じる余地がある。
契約書が語る真実
契約書はただの紙じゃない。人と人との信頼をつなぐものだ。だからこそ、僕たち司法書士は、それを守る仕事をしている。ちょっと地味だけど、大切な仕事だ。
司法書士の最後の判断
僕の仕事は、事実を記録すること。でも、時にはその裏にある想いを見抜くことも必要だ。誰かの嘘を暴くより、誰かの信頼を守る。それが、僕の選んだ仕事なのだ。
再び回る裁断機
数日後、またシュレッダーの音が響く。今度は古いチラシの束。平和の音だ。戦いの証ではない。音が軽いのは、たぶん僕の気分のせいだろう。
何を残し何を捨てるか
情報が溢れる時代だからこそ、本当に大事なものを見極める目が求められる。すべてを裁断機にかけてはいけない。記録にも、心にも。
日常に戻る二人の距離感
「コーヒー、濃いめで」とサトウさんが言った。僕はうなずいて、豆を少し多めに入れた。今日もまた、変わらない一日が始まる。