手帳には仕事しかない現実
朝のルーティンに潜む違和感
午前8時45分。事務所のドアを開けると、すでにサトウさんは電源を入れたコピー機の前で仁王立ちしていた。
「先生、またカップ麺だけの朝ごはんですか?」
彼女の視線は鋭く、そして容赦がない。やれやれ、、、今日も朝から弁護士事務所ばりの尋問だ。
サトウさんの一言「先生、何か忘れてません?」
デスクに腰を下ろすと、手帳が目に入る。9時、登記申請。10時、銀行訪問。11時、相続書類作成。びっしりだ。
「先生、これ……先週の依頼人、再度来るって言ってませんでしたっけ?」
指摘されたのは、抜け落ちた予定だった。スケジュールにはない「予定外」が静かに忍び寄っていた。
依頼人の来所と一冊の古びたノート
午前11時過ぎ、ドアがノックされる。やって来たのは地元の不動産屋の社長・中西。
「先生、この土地の登記、何かおかしくないですか?」
彼が差し出したのは、使い込まれた古いノートと、不自然な登記簿のコピーだった。
書類の山と“予定外の一件”
地元の不動産屋からの急ぎの相談
中西が関わる物件は、過去に一度登記が取り消されている土地だった。だが、現在の登記簿にはその記録がない。
登記情報の矛盾と不自然な印鑑
添付された印鑑証明書には既に亡くなった人物の名前が。つまり、死人が土地を売っていた。
サトウさんが言った。「これは先生、完全に“黒”のやつです」
シンドウの違和感と過去の記憶
10年前の登記と酷似した手口
ふと脳裏をよぎったのは、10年前に担当した案件だった。同じ土地、同じような筆跡。
あの時はまだ新人で、深く追えなかった。だが今なら……。
手帳にない“あの日”の記録
手帳を何度見返しても、その日には何も書かれていない。
サザエさんの波平のように、「バカモン!」と自分に怒鳴りたくなった。
サトウさんの秘密調査
司法書士の手帳よりも正確な彼女のメモ
「先生、去年の登記履歴、法務局に確認しました。怪しいです」
サトウさんはまるで名探偵コナンのような推理力で、私の手帳より正確な記録を掘り出してくる。
「あの人、去年も来てたんですよね」
中西の名前は去年も登記に絡んでいた。私は見逃していたのだ。いや、見ようとしなかっただけかもしれない。
暴かれる偽装登記のからくり
書類には現れない“空白の時間”
資料を突き合わせていくうちに、不審な共通点がいくつも浮かび上がる。特定の司法書士、特定の物件、そして同じ申請の手口。
なぜか一致する3つの不動産の所有者名
全ての登記には「田川恵一」という人物が関わっていた。しかし、その人物の住民票は存在しない。
まるで怪盗キッドのように、彼は偽名と証明書で巧みに登記をすり抜けていた。
真相と“空白”の意味
手帳に書けなかった理由
その空白は、私の慢心と疲労が生んだものだった。書くべきことすら、意識から抜けていた。
「予定が多いってことは、ちゃんと仕事してるって証拠だと思ってたんですがね……」
「仕事しかない」の裏にあった感情
手帳は真面目に生きてきた証。しかしそこには“生きている実感”がなかった。
「シンドウ先生、来週、温泉でもどうです?」とサトウさんが笑う。
それはたった一行、「休むこと」への招待だった。
事件後の日常と“手帳の一行”
サトウさんが書き足した予定
私の手帳のすみっこに、青いペンで書かれた文字。
『昼休み ちゃんと取る』
「自分の予定」を取り戻す決意
「やれやれ、、、」私は手帳を閉じて、昼食に向かう。
仕事ばかりの現実に、少しだけ“自分”を取り戻す時間だった。