借り名に潜む影

借り名に潜む影

依頼人の正体

名義変更の相談に現れた男

月曜の朝、ぼくの事務所に一人の男が現れた。やけに慣れた手つきで椅子に座り、「名義変更の相談です」と低い声で言った。
名義変更自体は珍しくもなんともないが、その声と態度にどこかしら違和感を覚えた。
人は、本当に自分のための登記をするとき、もう少し緊張しているものだ。

違和感のある委任状

男が差し出した委任状には、筆跡の違う署名が並んでいた。事務員のサトウさんが、すぐに眉をひそめる。
「これ、二本のボールペンで書いてませんか?」と、ぴしゃりと冷静に言い放った。
ぼくはその言葉にハッとした。確かに筆圧も色味も違う。こんな明白なズレを、どうして提出してきたのか。

不自然な住民票

サトウさんの塩対応が冴える

サトウさんは、無言で役所に問い合わせを入れ、戻ってくるなり「この人、住民票のある住所に一度も住んだ形跡がないそうです」と告げた。
まるでアニメの警部補のような手際だ。というより、ここまでやるのはもう探偵か何かじゃないのか。
「シンドウ先生、これは警察案件では?」という視線を投げられたが、すでにぼくの頭は別の可能性でいっぱいだった。

住所と名前の奇妙な関係

偽名の可能性はすぐに思い浮かんだ。けれど、戸籍上の名前は存在していた。
問題は、その名前が「誰のために」用意されたものかということだった。
まるでルパン三世が誰かに化けるように、この男もまた、誰かの名を借りてここに来ているのではないか。

古い登記簿の謎

誰かの名で登記された土地

10年前の登記簿を開くと、そこにはまったく同じ名前があった。ただし、住所はまるで違う。
不思議なのは、今回の登記がそれを「なぞる」形で進められようとしている点だった。
まるで一つの台本に沿って、名義が連鎖しているようだった。

過去の名義貸し事件との類似

ぼくが以前読んだ判例に、非常によく似た事件があった。
地元の不動産屋とつながる詐欺グループが、ホームレスの名前を使って登記を繰り返していた例だ。
もしかしてこの男も、そんなグループの一員なのか?

追いかけた偽名

ルパンか何かのつもりか

男は結局、「依頼を取り下げます」と言って去っていった。
だが、置いていった書類の一部に、手がかりが残っていた。旧姓。古い戸籍の名前だ。
「偽名を追うって、まるで探偵漫画ですね」とぼくが言うと、サトウさんは「先生は追われる側に近いですけど」と返してきた。

サザエさん一家もびっくりの家族構成

男の名前で検索をかけたサトウさんが、すぐに家系図のような相関図を作り上げた。
何人もの人間が一つの名前を使い回しているようだった。まさにサザエさんのような多重構成だ。
しかも、最後の名義人はすでに亡くなっていた。

サトウさんの直感

一枚の謄本が導く真実

事件の核となったのは、たった一枚の登記簿謄本だった。
所有者欄に記された筆跡と、今回提出された書類の筆跡が一致していたのだ。
つまり、依頼人は過去に何らかの形でこの不動産に関わっていた可能性がある。

やれやれ、、、また俺の出番か

ぼくは結局、管轄の法務局と警察に書類を提出し、事実関係を照会することになった。
やれやれ、、、面倒な仕事ばかり回ってくるなとため息をついたとき、サトウさんが呟いた。
「でも最後には活躍するんですよね、先生」――それが、今日の一番のご褒美だった。

司法書士シンドウの逆転推理

名義と実在のギャップ

名義があっても、そこに人が存在しないという事例は意外に多い。
今回のように、亡くなった人の名前を利用するケースもあれば、戸籍の乗っ取りもある。
司法書士という職業は、それを見抜く眼を持たなければいけない。

偽名を使った動機

男の動機は単純だった。借金返済のための不動産処分。
だが、自分の名前では登記ができない。過去に関わった名義を使い回すしかなかったのだ。
借り名とは、結局のところ、自分の人生すら人任せにする行為なのかもしれない。

真犯人の告白

借名を悪用した詐欺の構図

警察が動き出し、男は自首した。供述によると、複数の借名を使って登記を繰り返していた。
その背後には、地元の不動産ブローカーがいたらしい。
闇は浅くない。けれど、今回はひとまず区切りがついた。

遺産分割協議書の裏にあったもの

調査の過程で見つかったもう一つの書類――遺産分割協議書。
そこには、男の父親と思しき人物の名が記されていた。
血の繋がりと名義の繋がり、その境界は、驚くほど曖昧だ。

事件の顛末

正義感と肩こりと

事務所に戻ったぼくは、ずしりと肩が重くなっているのを感じた。
正義感もいいが、書類の山との格闘は物理的にもしんどい。
サトウさんはすでに、次の登記の準備を始めていた。

サトウさんの一言に救われる

「先生、今日はちゃんとしたお昼、食べてくださいよ」
その一言に、なんとなく心が温まった。
やれやれ、、、悪くない一日だったかもしれない。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓