朝の郵便と一通の苦情
朝、事務所に届いた郵便物の中に、一通の茶封筒があった。差出人は地元の不動産会社ミヤザキ。内容は「登記内容が違っている」との抗議文だった。昨日も徹夜で相続の書類を仕上げたばかりなのに、またトラブルの予感がする。
デスクに座ると、すかさずサトウさんが無言で謄本を差し出してきた。彼女はすでに状況を察しているようで、「どうせまた手続きミスですよ」とでも言いたげな目だった。だが、その目がすぐに細くなった。
登記簿謄本に浮かぶ謎の記載
問題の謄本には、所有者の住所が「桜町一丁目五番地」となっていた。しかし依頼人の申請書には「桜町二丁目五番地」と記載されている。これはただの記載ミスなのか、それとも——。
「登記官の手が滑ったのかもしれませんね」と僕が苦笑すると、サトウさんは「滑るなら野球のベースだけにしてください」と冷たく返してきた。元野球部への風刺が今日も冴えている。
依頼人の怒りとサトウさんの冷静な視線
やがて事務所に依頼人のミヤザキが来た。60代の気の強い男性で、声のボリュームもガッツだぜ系。怒りにまかせて「信用問題だ」と詰め寄ってくる。
僕が「確認しますので、少々お時間を」となだめると、サトウさんがボソッと、「こういう人に限って、最初の申請書を確認してないんですよね」とつぶやいた。やれやれ、、、僕の胃に穴が空く日は近い。
依頼人の名はミヤザキといった
ミヤザキの申請書の控えを引っ張り出すと、そこには「桜町一丁目」とはっきり書かれていた。つまり、登記は正しい。間違っていたのは依頼人の記憶だった。
とはいえ、謄本には別の違和感があった。所有権の前提となる売買契約の日付が、なぜか登記原因証明情報と微妙にずれていたのだ。
訂正された住所と本籍の違和感
もう一度確認していくと、申請書の本籍欄に手書きの訂正跡があった。訂正印も押されているが、印影が薄く、朱肉ではなくスタンプのようだった。法務局でチェックされていないとは考えにくい。
「不自然ですね」とサトウさん。彼女の目が光ると、何かが動き出す。これはきっと、ただの錯誤では終わらない。
過去に起きた同様のミスの記憶
ふと、数年前にも似たような「住所違い」の相談があったことを思い出した。あのときも同じエリア、同じような地番。そして、やはり申請に関わっていたのはミヤザキの会社だった。
「偶然のはずがない」と僕はつぶやいた。もしかすると、この錯誤登記は——誰かの意図的な仕掛けかもしれない。
法務局での奇妙な応対
すぐに法務局に電話を入れ、登記官の対応を確認した。だが、書類を担当した職員はすでに他の支局へ異動しており、「詳しいことはわかりません」と曖昧な返答が返ってきた。
何かを隠している、そう感じさせる沈黙だった。
「担当者が異動してまして」の違和感
異動は普通のことのように思えるが、なぜかこのケースは違和感が強かった。まるで、責任の所在を意図的にぼかしているような。
サザエさんでいうところの、波平が「知らん!」と怒鳴って去っていくシーンを思い出した。誰かが怒鳴って去った後に、残された者が何かを片付ける羽目になるのだ。
保管ファイルに残されたメモ
出向いて確認したファイルの中に、小さな付箋が一枚残されていた。「依頼人指示により変更」と書かれている。だが、そんな指示があったとは依頼人は言っていない。
その文字は癖のある丸文字。まるで誰かが「別人の筆跡」を真似して書いたような、不自然な印象だった。
原因証明情報に仕掛けられた罠
原本の原因証明情報には、日付の訂正箇所が複数あった。しかも訂正印は一貫して同じもので、他の書類にも似た印影が多数確認された。これは、組織的な操作の可能性がある。
「やっぱりこのミス、誰かが意図的にやってますね」とサトウさんが断言する。僕の中にも、ようやく確信が芽生えた。
間違いか偽装かサトウさんの推理
彼女の指摘は鋭かった。「複数の登記で、同じパターンの訂正が繰り返されてるんです。これ、還付金を目的にしてる可能性がありますよ」。
なるほど。訂正を装い、わざと手数料を多く払わせ、後から還付を装って金を得る。その金の流れを追えば、何かが見えてくるはずだ。
やれやれ俺の出番らしい
「やれやれ、、、また面倒な仕事が増えたな」と独りごちる。だが僕の中では、すでにスイッチが入っていた。司法書士は書類を扱う職人であり、時に探偵でもあるのだ。
このままでは、誰かがまた登記簿の中に嘘を紛れ込ませる。
元職員の証言と消えた履歴
異動した元職員に連絡を取り、ようやく口を開かせた。「私じゃないです。上司の命令でした」と語るその声は震えていた。
なぜその履歴が削除されているのかを尋ねると、「そのあたりは察してください」とだけ。まるで怪盗キッドのように、煙の中に逃げられた気分だ。
登録免許税還付請求の痕跡
後日、ミヤザキ名義の口座に、数件の還付金が振り込まれていた記録が見つかった。まさにこれが証拠だった。
彼らはわざと錯誤を起こし、それを訂正しては還付を得る——地味だが確実な手口。登記簿が彼らのATMになっていた。
不自然な訂正印の使われ方
問題の訂正印は、廃業した事務所の旧式のものと一致した。つまり、彼らは使われなくなった印を再利用していたのだ。
「古い道具も悪用されれば武器になるんですね」とサトウさん。彼女のセリフは、まるで名探偵コナンの蘭ねえちゃんのように鋭かった。
すべての点と線が繋がったとき
錯誤の背後にある意図、それを支えた偽装、使いまわされた印影——すべてが一つの線で結ばれた。あとは証拠を法務局に提出するだけだった。
「終わりましたね」とサトウさん。いや、これからが始まりだ。登記の信頼性を取り戻すために、僕らは戦い続けねばならない。
登記錯誤は仕組まれていた
錯誤は過失ではなく、巧妙な計算だった。司法書士を装い、善意を逆手に取る手口に、僕は改めて背筋が寒くなった。
だがその冷たさこそが、僕の正義感を燃え上がらせる燃料になる。少なくとも、今日も一つの嘘を暴けたのだから。
真犯人が狙った本当の利益とは
彼らの目的は金だけではなかった。誤記訂正を繰り返すことで、土地の所有権移転をスムーズに見せかけるための布石でもあった。そこに新たな名義人を滑り込ませ、不正取得を完了させる。
「結局、真犯人は登記制度そのものを利用していたってことですね」とサトウさん。まさにその通りだ。
事務所に戻ってコーヒーを飲む
全てを報告し終えた夜、事務所に戻ってインスタントコーヒーをいれる。いつものように味は薄い。だが、今日は少しだけ、苦味が心地よかった。
「やっぱり司法書士って、地味に大変ですね」とサトウさん。そんな彼女が一番頼もしい。
サトウさんの一言に背筋が伸びた
「次は登記原因が偽装されてるケースを洗いますね」とサトウさんが言った瞬間、背筋がピンと伸びた。彼女にはもう、次の事件が見えているらしい。
僕はただ、また胃薬を買い足さねばと思った。
再発防止と心に残る違和感
すべてが終わったはずなのに、どこか胸の奥に違和感が残る。「全部暴いたと思ってると、また出てきますよ」とサトウさんが笑った。
それはまるで、終わらない連載漫画のようだった。そして僕はまた、次のページをめくる。