登記簿の余白に死す
田舎の司法書士事務所に春の風が吹き込む。だが、花粉と共にやってきたのは、厄介な依頼だった。
「抹消登記をお願いしたいのですが、ちょっと事情が複雑でして……」と男の声は曇っていた。
まるでサザエさんのオープニングに突如現れる怪しい影のように、平凡な日常にぽっかりと黒い空白が生まれた。
忙しい朝に届いた一本の電話
「今すぐ来てほしいんです、登記の件で…」と、依頼人は切羽詰まっていた。
その声に押されるように、ネクタイを曲げたまま玄関を飛び出した。コーヒーを一口も飲んでいない。
やれやれ、、、朝のルーティンが台無しだ。
不審な抹消登記の依頼
対象の物件は、10年前に所有者が死亡した古びた空き家だった。
にもかかわらず、最近になって「所有権抹消登記」が申請されたという。
「遺族です」と名乗る男は、戸籍も遺言書も示さなかった。
サトウさんの冷たい一言
「……シンドウさん、また変な仕事拾ってきましたね」
書類の山に囲まれながら、サトウさんは視線すらこちらに向けない。
一枚の委任状を見つめながら、「これ、筆跡違いますよ」と呟いた。
空白になった欄の謎
問題の登記簿を見ると、確かに「登記の抹消」がなされていた。
だが、その横には本来記されるはずの「理由欄」が空白になっていた。
「理由のない抹消なんて、ありえません」とサトウさんがぴしゃり。
古びた家と隣人の証言
現地調査に出向くと、隣人のおばあさんが不思議なことを言った。
「あの家? 5年前から誰かが夜にこっそり出入りしてたよ。灯りもついてたし」
死者の家に灯る光。怪談のような現実に、背筋がぞっとした。
登記簿の端に残された名前
調べ直すと、ページの隅にうっすらと消されかけた文字が浮かび上がる。
「田嶋ユウコ」……所有者の姪だという女性の名前だった。
しかし、その名で調べても、住民票も戸籍も一切ヒットしない。
元所有者の突然の失踪
10年前の所有者死亡とされていたが、実は死亡届は提出されていなかった。
となると、その家の登記抹消は誰の意思によるものなのか?
怪盗キッドも顔負けのなりすまし劇が浮かび上がってきた。
法務局で見たもう一つの記録
法務局の古い台帳をめくると、「補正済」と書かれた記録があった。
だが、そこにあったはずの押印欄は破れていて、印影は失われていた。
まるでキャッツアイが大切な宝を持ち去ったかのような、見事な手際だ。
やれやれ疲れる展開だなと嘆きつつ
資料を抱えながら事務所に戻ると、サトウさんが待ち構えていた。
「登記識別情報の発行記録、1年前に誰かが申請してます」
「やれやれ、、、一筋縄ではいかないか」と僕は頭をかいた。
サザエさんのような家系図のトリック
真相はこうだった。所有者は死亡したのではなく、失踪していた。
その姪を騙った女が「相続人」を装って登記を操作したのだ。
だが、その家系図には一つ、絶対にあり得ない関係性が混ざっていた。
二重売買と故意の抹消の影
偽の相続人は、空き家を一度他人に売り、さらに別の人物に売却した。
そして二重売買を隠すため、最初の登記を抹消したのだ。
理由欄の「空白」は、事件の証拠を隠すための計算だった。
決定打となった古い委任状
最初の依頼人が持っていた委任状は、5年前のもので無効だった。
しかも、そこに押されていた実印は、失踪した所有者本人のものではなかった。
つまり、全ては架空の「相続人」による詐欺だったのだ。
サトウさんの推理と冷笑
「まるで名探偵コナンの黒ずくめの組織ですね」とサトウさんがぼそり。
「シンドウさん、もっと早く気づいてくださいよ。3日かかりましたよね」
彼女の塩対応は、今日も安定していた。
元野球部の勘が最後に光る
それでも僕は最後の最後である書類の違和感に気づいた。
抹消の証明書に使われていたインクが、特注の司法書士印ではなかった。
そこから詐欺師の正体にたどり着いたのだ。やっぱり勘は捨てたもんじゃない。
余白に隠された真犯人の名前
抹消欄の空白に、見えないインクで書かれていた名前――それが決定的証拠となった。
ブラックライトで浮かび上がった文字列は、「佐原カナエ」。
彼女は過去にも複数の登記詐欺に関与していたことで有名だった。
静かに終わる登記室の午後
事件は無事解決し、登記は元の持ち主へと回復された。
静かな午後、窓を開けると少し涼しい風が吹き込む。
「やれやれ、、、明日は何も起こらないといいな」と僕はつぶやいた。