登記簿が暴いた沈黙の証人

登記簿が暴いた沈黙の証人

登記の相談は突然に

電話のベルが鳴ったのは、ちょうどコーヒーにミルクを垂らした瞬間だった。 タイミングの悪さは、もはや俺の人生のパートナーだ。 「土地の登記について相談したい」と言ってきたのは、控えめな声の中年女性だった。

午前九時の訪問者

その女性――小田切ミチコと名乗った――は、午前九時きっかりにやってきた。 律儀すぎるほどの時間厳守に、俺はすでに警戒していた。 「父が亡くなりまして、相続登記をお願いしたいんです」と彼女は言った。

遺産分割に潜む不穏な空気

遺産分割協議書には、きれいに名前が並んでいた。 だが、妙な違和感が胸に引っかかったのは、彼女の目線の揺れだった。 「弟が遠方に住んでまして」と話を濁したその瞬間、俺は不審を抱いた。

微妙にかみ合わない家族の証言

念のためにと弟にも電話をしてみると、「そんな話は聞いていない」と返ってきた。 お約束のような展開に、俺は少しだけ背筋を伸ばした。 ミチコの話とは明らかに矛盾していた。

姉と弟の主張の食い違い

「父は私に全て任せると言っていた」と主張する姉。 「父とは絶縁していた」と語る弟。 なのに、なぜか登記上では弟の住所が現在のものに更新されていた。

遺言書の謎と筆跡の違和感

提出された遺言書には、父親の名前が記されていた。 だが、微妙に震える筆跡は老人のものにしては不自然で、どこか若い。 まるで、漫画『金田一少年の事件簿』に出てくる偽装工作のようだった。

サトウさんの冷静な分析

俺が「なんか変だよなあ」とつぶやくと、背後からサトウさんの冷えた声が飛んできた。 「最初から変です。登記簿の日付をご覧になりました?」 彼女は既に原因を見抜いていたようで、パソコンを叩きながら俺に突きつけてきた。

登記簿から見える相続の流れ

登記簿には、死亡届前に不動産が別名義に変更されていた記録が残っていた。 これは、まさに『こち亀』の本田巡査ばりのスイッチ切り替え級の変貌だった。 素人がやったとは思えない、手の込んだ書き換えだった。

古い登記事項証明書に記された名前

さらに調べると、五年前の登記事項証明書に別の人物の名前があった。 それは、ミチコの元夫の名だった。 どうやらこれは、かなり複雑な“家族ぐるみの計画”らしい。

私のうっかりが鍵を開ける

例によって俺の凡ミスから、事態は急展開を迎えることとなった。 「登記番号、桁が一つ多いぞ」とサトウさんに言われて、間違って別物件を調べていたことに気づく。 だがそのミスが、逆に隠されたもう一つの土地の存在を明らかにした。

ミスと思った登記日付のズレ

見直すと、日付の整合性が取れないことに気づいた。 死亡日より前に名義変更された土地が、実はもう一筆あったのだ。 それが偶然見つかったのは、うっかりした俺の手違いのおかげだった。

間違い電話が導いたひとつの線

さらに追い打ちをかけたのは、全く別の依頼人への電話を間違ってミチコにかけたことだった。 「え?それ、うちの父が住んでたアパートですけど…」と漏らした彼女。 ピースが揃ったのは、ほんの一瞬だった。

真実に沈黙する依頼人

問い詰めると、ミチコはついに沈黙した。 「弟には黙っててほしかっただけなんです」と、か細く漏らした声には疲れがにじんでいた。 結局、全ての事実は白日のもとに晒されることとなった。

過去の秘密と二重の相続登記

彼女は、実は二度にわたって登記変更を行っていた。 一度目は合法、二度目は父親の認知症が進行してからの話だった。 法的には黒寄りのグレーだが、家庭の事情がそれを複雑にしていた。

家族を守るための苦い選択

「全部、弟の借金のせいなんです」 そう語ったミチコの瞳には、憎しみと哀しみが混じっていた。 司法書士として、俺はその涙に同情するわけにはいかなかった。

最後に明かされた証人の正体

もう一人の登記関係者として名前があがった人物、それは父の介護士だった。 実は、遺言書を書いたのはその介護士だったと判明する。 彼女の供述により、偽装の全容が見えてきた。

本当の相続人は誰なのか

法的には弟にも一定の相続権があった。 だが、介護士に贈与するという遺言書の内容が、それを塗り替えていた。 最終的に、公正証書遺言の不備が認められ、相続は分割協議に戻された。

登記簿の余白に隠された真実

ふとした拍子に目にした登記簿の余白に、小さな訂正の痕跡があった。 それが、この事件におけるすべての“ねじれ”の始まりだった。 やれやれ、、、登記簿ってのは、言葉以上に雄弁だ。

事件が終わって

事務所の静けさが戻った頃、コーヒーのミルクはすっかり分離していた。 いつものようにサトウさんが書類を整え、俺はぼんやりと天井を見上げていた。 相続という名のドラマに、再び翻弄された日だった。

サトウさんの無言のため息

「シンドウさん、今度こそ最初から確認しましょうよ」 彼女はため息とともにファイルをパタンと閉じた。 その無言の圧、俺には効くんだよなあ…。

やれやれ、、、今日も疲れたな

帰り道、コンビニで夕飯を選びながらふと呟く。 「やれやれ、、、今日も疲れたな」 でもまあ、誰かの真実を少しでも救えたなら、それでいいか。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓