三たび依頼する男
朝一番の違和感
午前8時55分。まだ事務所のカーテンも開けきらないうちに、玄関のチャイムが鳴った。サトウさんは「また来ましたよ、昨日の人」と言いながら、涼しい顔で応対した。なんだか déjà vu のような気分だった。
同じ男がまたやってきた
その男は、昨日と同じ茶色のジャケットを羽織り、同じ書類を差し出してきた。「また、委任状をお願いします」と言う。こっちも混乱していたが、サトウさんの顔がすでに若干ひきつっていたのを見逃さなかった。
一枚の委任状に残る疑問
書類は確かに昨日と同じ。しかし、受任者の名前が微妙に違う。昨日は「高橋健二」。今日は「高橋賢二」。誤字かと思ったが、住所も違っている。見れば見るほど、不気味な一致と不一致が交錯していた。
サトウさんの冷たい視線
「二重に依頼することの合理性が感じられませんね」と、サトウさんがぽつり。わたしはあいまいに笑ったが、その目は確かに冴えていた。まるで江戸川コナンが眼鏡の奥から推理を始める瞬間のようだった。
二通目の謎
午後、男は再び現れた。今度は別の委任状を持って。「今日中にお願いします」と慌てた口調。さすがにわたしも、これは妙だと感じ始めていた。まるでルパン三世が同じ宝石を三度盗もうとするみたいに。
やれやれと言いながらの調査開始
「やれやれ、、、」とつぶやきながら、わたしは過去の登記簿データベースを確認しはじめた。何かが引っかかっていた。過去にこの人物が絡んだ物件で、名義が頻繁に変わっている土地があったのだ。
三通目で気づいた仕掛け
三通目の委任状には、別の登記識別情報が添付されていた。それも、不自然なほど整っていた。逆に言えば、完璧すぎる。まるで「本物らしさ」を演出するために用意された、にせの舞台装置のようだった。
委任の先にある意図
誰かが、わたしたちのような司法書士を介して、複数の偽名で所有権移転登記を繰り返し、土地の所在や所有者を曖昧にしようとしていた。委任状はカモフラージュであり、巧妙な帳簿トリックの一部だった。
遺言書と保険金の影
さらに調べを進めると、三人の受任者はいずれも最近死亡していることが分かった。まるでキャッツアイのように美術品を残しつつ消えるかのように、彼らは痕跡を残して去っていた。そして保険金が動いていた。
登場人物は全員グレー
男も、依頼人も、背後の不動産会社も、誰もが完全な「黒」ではない。だが、全員がグレーだった。まるでサザエさんで波平が怒っても誰も反省していないように、それぞれの事情と理屈が錯綜していた。
サトウさんが気づいた矛盾
「この電話番号、3枚とも違ってるんですよ」とサトウさんが指摘した瞬間、全てがつながった。電話番号だけが唯一、完全な偽物だった。つまり、最初から連絡を取らせないための工作だったのだ。
うっかりが導いた真実
わたしがうっかり書類をスキャンせずに原本のまま持っていたことが、逆に功を奏した。筆跡を並べてみたら、すべて同じ人間の手によるものだったのだ。結局、三人の受任者は「同一人物」だった。
委任状を使った完全犯罪
男は自分の名前を変え、三者になりすまし、登記のループを作っていた。その背後には資産の移転ではなく、借金の隠蔽と詐欺があった。完全犯罪のつもりだったのだろうが、司法書士をなめてもらっては困る。
犯人の動機とその代償
動機は借金。家族を守るため、自らを犠牲にし、違法な手段に手を染めたという。正義と悪の境界が曖昧になりそうだったが、法を扱う者として、その線を越えるわけにはいかなかった。
最後に残った書類一枚
机の上には、男が最初に持ってきた委任状の控えが一枚残っていた。サトウさんは無言でそれをファイルに綴じ、わたしは深いため息をついた。「こういうの、週一で来られたら身体がもたん」とぼやいた。
明日も事務所は忙しい
その日の夕方、次の依頼者の電話が鳴った。土地の名義変更。サトウさんは淡々と電話を取り、わたしはまたも「やれやれ、、、」とつぶやきながら、コーヒーを淹れに給湯室へ向かった。