登記簿に隠れた背信

登記簿に隠れた背信

静かな朝の異変

蝉の声が響く、いつもと変わらぬ田舎の朝。扇風機が首を振る音と、コピー機の低い唸り声だけが事務所を支配していた。だがその日は、事務所のドアが軋む音とともに、不穏な気配が忍び寄ってきた。

いつもと違う依頼主の表情

来所したのは、近所で不動産業を営む男だった。普段は冗談の一つも交える陽気な人物だが、今日は妙に口数が少ない。差し出した登記事項証明書も、どこか急ぎ過ぎていて、それが逆に違和感を際立たせていた。

見慣れた資料に潜む違和感

登記の変更依頼自体はごくありふれたもの。しかし、提出された書類の中にあった売買契約書が、なぜか日付の印字だけが滲んでいた。インクの劣化にしては新しすぎる紙質に、嫌な胸騒ぎを覚えた。

サトウさんの疑念

その後ろ姿を見送ったあと、私は椅子に座り直し、コーヒーを一口すすった。その時、隣のデスクから視線を感じた。サトウさんが、じっと資料を見つめている。

冷静な観察が導いた仮説

「この筆跡、最近あなたが作った委任状と酷似してますよ」——彼女の指摘に、私はあっけにとられた。普段、細かいことは気にしない私でも、さすがにそれは見逃していた。やれやれ、、、またしても彼女に助けられた形だ。

塩対応の裏にある優しさ

「だから言ったじゃないですか、ちゃんと確認しないと」サトウさんは呆れ顔で言い放つが、その目は優しい。口調は塩対応だが、私の失敗を責めるでもなく、次の手を共に考えてくれる。

過去の登記履歴の罠

私はすぐに登記情報提供サービスで当該不動産の履歴を確認した。案の定、過去に所有権移転が一度却下されていた履歴がある。だが、現時点の登記簿にはそれが記載されていない。

数年前の名義変更の謎

どうやら、数年前に提出された名義変更が申請ミスで取り下げられた後、別の所有者に移っていた。今回の依頼は、その情報を隠したまま再度登記を試みたものだったようだ。

一枚の登記事項証明書が語る嘘

依頼主が提出してきた登記事項証明書は、実際の登記とは異なる情報を記載した、精巧な偽造品だった。印刷や押印のズレがない分、発見が遅れていたのだ。

関係者への聴き込み

私は不動産屋の隣に住む老人を訪ねた。昔気質のその人は、事件の鍵を握る過去を語り始めた。どうやら、この土地は相続時に揉めていたらしい。

元所有者の沈黙と真意

かつての所有者の息子に電話をかけてみると、最初は頑なだったが、「あの土地は父が無理やり手放した」と語り始めた。その声は悔しさと無念さを孕んでいた。

不自然な売買契約の痕跡

調査の末に見つけた古い売買契約書には、買主の署名だけが異様に新しく見えた。まるで、あとから追加されたような違和感だった。これは、単なる登記の問題ではない。

シンドウのうっかりと閃き

事務所に戻ってから、私は自分のカバンをひっくり返した。探していた過去の相談メモが出てきたのだ。以前、この不動産について相談してきた女性の名前が、今回の契約書に記載された人物と一致していた。

カバンの中のメモ書き

メモには「強引に登記を変えようとされて困っている」と走り書きされていた。私はその時、大した話ではないと見送っていたのだった。うっかり、いや、凡ミスだ。

やれやれの一言と真相への突破口

「やれやれ、、、サザエさんの波平さんでももう少し気づくだろうな」自嘲気味に言いながら、私は事件の構図がようやく見えてきた気がした。すべては、この土地を巡る私的な復讐劇だったのだ。

真犯人の正体とその動機

犯人は、依頼主自身だった。かつての所有者に恨みを持ち、合法的に土地を奪い返すことで一矢報いようとしていたのだ。だが、それは法の枠を越えた背信だった。

裏切られた信頼と金銭の欲望

最終的に彼は「正当な手段で取り戻しただけだ」と開き直った。しかし、法的には不法な偽造と錯誤に基づく申請であり、刑事告発に至った。

最後に明かされる意外な人物

そして驚くべきことに、偽造を手伝ったのは、町のコピー屋の主人だった。彼もまた、かつてその土地で商売をしていたが追い出された経緯があったという。地元の因縁は、根深く絡み合っていた。

終わりなき日常への帰還

事件はひとまず決着を見た。依頼主は逮捕され、登記は元に戻されることになった。私はようやく、積み上がった申請書類の山へと目を戻した。

静かに閉じるファイル

一連の書類をファイルに閉じ、棚に戻す。事件の痕跡が紙の中に静かに眠っていく。だがその重みだけは、いつまでも心に残っていた。

今日もサトウさんは塩対応

「今回もあなた、結構うっかりしてましたね」
「反省してます、、、」
「じゃ、次の登記、ちゃんとチェックしてください」
私は深くうなずいた。サトウさんの塩対応が、なぜか今日だけはやけに頼もしく思えた。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓