依頼人は旧姓のままで現れた
不自然な戸籍と古い名義
朝一番で訪ねてきた女性は、名乗った名前と登記簿上の名義が一致しなかった。提出された戸籍はたしかに本人を示しているが、名義変更はされておらず、登記には婚姻前の姓がそのまま残っていた。離婚を経て、名義は変えるつもりだったというが、それにしては色々と辻褄が合わない。
サトウさんの目が光る
「これ、変ですね」横から鋭く指摘するサトウさん。机の上に置かれた登記識別情報通知の記載を見ながら、何かに気づいた様子だった。「この番号、最新の形式じゃないです。発行が平成時代のままですね」相変わらずよく気づく人だ。やれやれ、、、今日もサトウさんには敵わない。
離婚届と登記簿のずれ
書かれたのか書かれていないのか
依頼人は「離婚は5年前に済んでいる」と主張した。しかし、法務局にある登記簿には婚姻中の住所がそのまま残っていた。住所変更もなされていない。これは「離婚したが届出がされていない」あるいは「意図的に何かを隠している」可能性が高い。まるでドラマ『火曜サスペンス』のような展開だ。
名義の落とし穴
登記名義が旧姓のままというだけなら、それほど珍しくもない。だが、今回のケースはその「旧姓」が遺言書にも登場し、その名前で資産が相続されようとしていた。つまり、法的にすでに使われていない名前が、現実には今も力を持っていたのだ。まるで時空を超えて名前が生き残っているかのように。
遺言に書かれたもうひとつの名前
死者が使った旧姓
遺言書には「山田花子に全財産を相続させる」と書かれていた。しかし、今の依頼人は「佐藤花子」だ。戸籍の移動を追うと、たしかに「山田花子」は婚姻前の名前だが、現在は戸籍に存在しない“過去の人”である。では、遺言に記された「山田花子」は本当に依頼人を指しているのか。
相続人がふたり現れる
「私が山田花子です」と名乗る女性が、なんと二人も現れた。ひとりは依頼人、もうひとりは遺言者の元妻を名乗る女性だった。奇妙なことに、ふたりとも旧姓のままで生活していた。どうやら故人は、その曖昧な名義を利用して、どちらにも“相続する”と伝えていたようだ。まるでルパン三世が遺言を書いたみたいな話だ。
鍵を握る婚姻届不受理通知
どこかにあったはずの役所の紙
調査を進めると、役所に「婚姻届不受理通知」の控えがあった。つまり、婚姻は成立していなかったのだ。戸籍の編製自体がされていなければ、姓も変更されない。それなのに登記上では婚姻したかのような手続きがされていた。どこかで誰かが嘘をついている。
古い家の引き出しの中
サトウさんが見つけ出したのは、故人の旧宅に残されていた封筒。中には「婚姻届を出さないでほしい」と書かれた手紙が入っていた。直筆で、日付もあり、亡くなる直前に書かれたもののようだった。それは、誰にも知られずに遺志を遂げるための最後の手段だったのかもしれない。
司法書士のうっかりと反撃
間違えて受け取った登記識別情報
シンドウはうっかり、違う登記情報を依頼人に渡してしまった。そのミスが逆に功を奏し、別の不動産の存在が発覚する。そこには第三の名義人の名前があり、しかもそれが現依頼人の名義になっていた。彼女はその物件について何も知らないという。
やれやれ、、、またやっちまった
頭を抱えるシンドウの背後で、サトウさんが淡々とフォローしていた。「これは詐欺的遺言かもしれません。刑事事件になる可能性も」やれやれ、、、書類ひとつで事件がこんなに複雑になるとは思わなかった。やっぱり司法書士って損な役回りだ。
サトウさんの推理は止まらない
メールの時刻と婚姻歴の矛盾
メールの送信時刻が決定打となった。故人が「婚姻手続きが完了した」と記したメールの日付は、役所に不受理通知が出された翌日だった。つまり虚偽の内容だ。それが意図的であれば、相続を操作しようとした証拠になりうる。
旧姓で届いた銀行口座の記録
さらに銀行口座が旧姓で作られたまま維持されていたことが判明。その入出金履歴を見れば、どちらの“山田花子”が本当に口座を使っていたかは明らかだ。サトウさんは無言で取引履歴を見せた。言葉はいらない、証拠がすべてを語っていた。
女の遺志と男の偽証
誰が誰を名乗ったのか
本件のキモは、登記された名義ではなく「誰がそれを使っていたか」だった。ふたりの“山田花子”のうち、本当に資産を管理していたのは誰なのか。シンドウは、司法書士としてその真実を記録として残す責務を感じていた。
戸籍を越えた偽りの契約
判明したのは、元妻が故人の死後に登記を操作しようとした痕跡だった。彼女は自分が遺言の対象者になるよう、名義や届け出を調整していた。だが、名義は嘘をつけても、銀行口座の履歴や文書の日付は騙せなかった。
最後に現れた本物の配偶者
遺産目当ての演技か
事態が収束しかけたとき、ある女性が「故人と籍を入れていた」と証明書を持って現れた。なんと第三の“花子”が登場したのだ。その証明書は正規のもので、日付も合っている。つまり、相続の正当な対象者はまったく別の人物だった。
本当に残したかった人とは
遺言には書かれていなかったが、最期の日記にはその女性の名前が綴られていた。彼は最後まで「本当に残したい相手」に資産を遺せなかった。法と想いは、時にすれ違う。結局、彼の心の奥にあった願いは、書類に記されることはなかったのだ。
解決とその代償
法は人の心までは救えない
事件は終わった。登記は修正され、相続人は正当な人間に確定された。だが、誰の心も完全には救われなかったように見えた。法は事実を記録するが、真実を語ってはくれない。そこにこそ、司法書士という存在の限界がある。
名義に刻まれた愛と裏切り
最後にシンドウが手にした登記簿には、たしかに“山田花子”の名が刻まれていた。でも、それは誰のことだったのか、もう誰にもわからない。ただそこに、誰かの想いと選ばれなかった誰かの悲しみが滲んでいた。
書類の向こうにあった真実
シンドウのサインが結ぶ結末
報告書にサインを入れると、机の上に一瞬だけ静寂が戻った。事件が解決しても、次の依頼はもう届いている。サトウさんは無言でスケジュール帳をめくり、次の予定を確認している。今日も日常は淡々と続いていく。
そして今日も山積みの書類が待っている
「お茶、淹れてきましょうか?」と、珍しくサトウさんが声をかけてきた。え?気を遣われてる?いや、気のせいだろう。やれやれ、、、そう思いながら、積み上がる書類の山を睨む。これが俺の“日常”だ。