仮処分の扉が開くとき
朝の事務所と謎の依頼人
曇り空の朝、湿気を含んだ風が窓の隙間から忍び込む。こんな日は何かしら面倒なことが起きると相場が決まっている。コーヒーを一口啜ったところで、サトウさんが無言で指差した先には、スーツ姿の男が立っていた。
彼は無表情で仮処分の決定書を机に置き、「至急、登記をお願いします」と言い残して去っていった。朝から重たい空気を持ち込むなよ、と心の中で毒づいた。
差し出された謎の仮処分決定書
その書面は、財産分与を巡る家族間の仮処分で、執行官の連絡先も記されていた。しかし妙なことに、申立人の名前に聞き覚えがある。かつて登記トラブルを起こした依頼人だ。
サトウさんが一言、「この仮処分、本当に執行された記録ありますか?」と冷静に問いかけてきた。やっぱり気づいていたか。
登記申請書の裏に潜む違和感
作成された登記申請書を眺めていると、住所の記載が1文字だけ異なっていた。意図的な改ざんか、それともただの誤記か。
「サザエさんだったら、波平さんがこういうとき『こらーっ!』って叫ぶわよね」とサトウさんが珍しく冗談を言ったが、目は真剣そのものだった。
サトウさんの冷静な指摘
彼女はPCの前に座ると、過去の登記情報と照合し始めた。わずか5分で「同じ住所にもうひとつ仮処分の記録があります」と言い切った。しかもそれは2年前のもので、すでに解除済だった。
「なぜ同じ物件に再び仮処分が?」という疑問が脳裏をよぎる。もしや今回の処分は、前回の処分の焼き直しなのではないか。
過去の仮処分事件との奇妙な一致
2年前の案件を引っ張り出して比較すると、登記義務者の名前、物件情報、そして争点までもがほぼ一致していた。まるでコピー&ペーストしたかのように。
しかし今回の仮処分には、新たな一筆が加わっていた。前回の登記義務者が亡くなっていると記されているのだ。
忘れられた裁判所の通達
古びた引き出しを開け、紙埃まみれの封筒を取り出す。それは当時の家庭裁判所から届いた「仮処分解除のお知らせ」だった。封筒には「再通知不要」と赤字で書かれていた。
「これが伏線だったら、探偵漫画なら今ごろクライマックスよね」と呟くと、サトウさんはため息をついた。「シンドウさん、これはただの紙じゃありません。証拠です」
シンドウのうっかりが突破口に
記録の照合中、誤って登記申請の書式を一枚多く印刷してしまった。その紙の裏面に、前回の処分で使われた登記識別情報の控えがプリントされていたのだ。
それを見たサトウさんが、急に目を見開いた。「これ、使いまわしされてるわ」——つまり、前回の識別情報を改ざんし、今回の仮処分に流用していたのだ。
「やれやれ、、、」から始まる反撃
やれやれ、、、やっと点が線でつながった。これは明らかに意図的な偽装登記の可能性が高い。おそらく、財産を凍結させ、相手に心理的圧力をかける目的だったのだろう。
裁判所に提出された書面が正規のものかどうか、再確認が必要だ。書記官に電話を入れると、案の定「そのような仮処分は受理されていない」との回答が返ってきた。
執行官の動きと不自然な急ぎ方
さらに不審な点は、仮処分決定書に記された執行官の押印日。決定日と同日であり、通常では考えられないスピードだった。どうやら執行官もグルらしい。
「怪盗キッドもびっくりの手際の良さね」とサトウさん。僕は苦笑しながら、「それ褒めてないよね?」と返した。
消えた所有権と共有者の過去
土地の所有者は既に死亡しているにもかかわらず、仮処分の効力がそのまま残っていた。これが利用された。相続登記が未了だったために、空白期間が生じていたのだ。
そのスキを突いて、依頼人は架空の請求権を立てた。しかし、その裏には長年の確執があったことがわかった。
書類の行間に隠されたメッセージ
提出書類の控えを細かく見直すと、ある書類の備考欄に「旧委任関係により再申請」と記されていた。これが全ての鍵だった。
旧委任? つまり亡くなった人物の委任状を、そのまま有効として使っていることになる。明らかに違法だ。
真犯人の動機と司法書士の勘
調べを進めるうち、依頼人は亡くなった所有者の異母兄弟であることが判明した。遺産争いに敗れ、何も得られなかったことに怒りを抱き続けていたのだ。
復讐の仮処分、それが彼の動機だった。司法書士としての勘が、ようやく事実に追いついた。
登記簿と記録が語る過去の嘘
過去の登記簿を見れば、どこかに嘘が紛れている。相続放棄の届け出すら出されていなかった。つまり、彼は最初から登記を操作する気満々だった。
「世の中、書面を制する者が真実を制するってわけね」とサトウさん。正論すぎて反論できない。
サトウさんの一言が全てを繋げた
「これ、全部つなげたら、刑事告発のレベルですよ」——彼女のその一言で、僕はすべての証拠をまとめ、裁判所と警察に通報した。
全てが整ったとき、ようやく安心できるコーヒーが飲めた気がした。
シンドウの決断と逆転の登記申請
登記を取り下げる申請を準備し、正当な相続人による登記申請に切り替えた。司法書士としての矜持を守るには、これしかなかった。
申請は受理され、不正は未然に防がれた。誰にも気づかれないような書面の罠を見破ったのは、間違いなくあの塩対応のサトウさんだった。
終わりと次の始まりの気配
「また変な仮処分が来ないことを祈りましょう」とぼやくと、「次はもっと面白いのが来そうですよ」とサトウさんが笑った。あれ、珍しく笑ってる?
そう思った次の瞬間、ドアが開いた。今度は赤い封筒を手にした男が立っていた。やれやれ、、、今日もまた波乱の予感しかしない。