登記簿が告げた最後の一筆

登記簿が告げた最後の一筆

登記簿が告げた最後の一筆

八月のある蒸し暑い朝、扇風機の首振り音と共に、ひとり事務所でボーっとしていた。
昨日の書類ミスが頭をよぎりながら、冷えた麦茶をすすっていると、入り口のチャイムが鳴った。
それは、どこか影のある老人の訪問だった。

朝の訪問者と怪しい依頼

老人は黙って一通の封筒を差し出し、こう言った。「この土地の登記をお願いしたい。急ぎで。」
だがその筆跡は震えており、添付された書類にも不自然な点が目立つ。
特に委任状の日付と印影が微妙にズレていた。

土地の名義に潜む違和感

登記簿を確認すると、土地の現在の所有者は老人ではなく、十年前に亡くなった人物のままだった。
相続登記が放置されたままの典型例かとも思ったが、それにしては妙に情報が新しかった。
しかも、最近になって「仮登記」の履歴が一度だけ追加されていた。

サトウさんの冷静な分析

「その仮登記、法務局のミスじゃないですよ」とサトウさん。
冷たい目でPC画面をスクロールしながら、彼女はピタリとカーソルを止めた。
「これ、直前に別の司法書士が関わってます。どうやら一度登記が飛んでる形跡がありますね。」

旧地主の失踪と噂

その土地の元々の地主は五年前から行方不明で、噂では借金絡みで夜逃げしたとのことだった。
だが町内会の古老によれば、失踪の直前に「誰かと揉めていた」との証言もある。
どうも事件性がありそうだ。

不動産業者の不自然な動き

事務所近くの不動産業者がその土地を「近日中に開発予定」としてチラシに載せていた。
まだ正式な名義変更もされていないのに、だ。
俺は半信半疑で業者に電話を入れた。

やけに急がされる登記手続

「すぐにでも登記を終わらせてくれませんか?」業者の担当者は早口だった。
どうにも、あちらは急ぎすぎている。
何かを隠そうとしているような、焦りが言葉の端々に滲んでいた。

昔の公図に残る痕跡

法務局で昔の公図を取り寄せてみた。すると、驚くべき事実が。
現在の土地の形状と、昔のものとでは境界線が微妙に違っていた。
それが示すのは、誰かが意図的に土地を「拡張」しようとしていることだった。

法務局の古い記録を洗う

地番の異動記録を辿ると、五年前に一度、名義が「仮移転」していたが取り消されていた記録を見つけた。
その手続きをした司法書士名は、俺も知っている人物だった。
同業者として、これは見過ごせない。

消えた仮登記と現れた遺言

もう一度老人の持ってきた封筒を確認すると、別の封筒が中に入っていた。
そこには遺言書の写しがあったが、署名が無かった。
つまり、無効の可能性が高いが、それを知っていて老人は依頼してきたわけだ。

やれやれと言いつつ現地調査

「やれやれ、、、こういうのは、現地を見ないと始まらんか」
帽子を被って現地に向かった俺を、サトウさんは薄目で見送った。
土地は予想以上に整地されており、すでに杭が打たれ始めていた。

予想外の真犯人とその動機

現地で出会ったのは、あの不動産業者の営業ではなく、別の司法書士だった。
しかも、五年前にその仮登記を担当していた男で、旧地主の義理の弟だったという。
遺産相続を巡る偽装と、それに伴う名義操作がすべての核心だった。

サトウさんの決定的な一言

「その仮登記、登記識別情報が流出してますよ」
彼女の指摘で、全てが崩れた。
証拠を握った俺たちは、不動産業者と司法書士を相手に報告書を作成した。

法的トリックの全容解明

実際には、登記識別情報を偽造し、仮登記を復活させようとした未遂事件だった。
そこに、不正な相続放棄と時効取得の理屈を持ち込むことで名義変更を進めようとしていた。
俺もこんな綱渡りは久しぶりだった。

登記簿に刻まれた真実

最終的に仮登記は抹消され、土地は正当に相続人の手に戻った。
老人は、実はその相続人から依頼されていた「テスト」だったらしい。
すべては、信頼できる司法書士かを見極めるための仕掛けだったのだ。

被害者が仕掛けた逆転劇

つまり、失踪した旧地主は実は生きており、自らの土地を守るために身を潜めていたのだ。
その上で、偽装の証拠を集めるために「依頼者」を演じた人物を送り込んできた。
まさに怪盗キッドばりの逆転劇だった。

書類の整理といつもの日常へ

事務所に戻ると、サトウさんは冷たく言った。「ファイル、ぐちゃぐちゃですよ」
俺は苦笑いしながら書類を片付ける。
そして心の中でひとこと、やれやれ、、、とつぶやいたのだった。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓