事務所に舞い込んだ奇妙な依頼
「結婚するんです。だから戸籍謄本を取得したいんですが……」
午前十時を少し過ぎた頃、明らかに挙動不審な男がシンドウ司法書士事務所に現れた。顔は笑っていたが、目はまるで泳いでいる魚のようだった。
どう見ても幸せいっぱいの新婚準備とは思えない様子に、シンドウは早くも一抹の不安を感じていた。
婚姻届の添付書類が足りない
男の手には役所の指摘事項が書かれた紙が握られていた。曰く、「本籍地が一致しないため受付不可」。
聞けば彼は再婚で、前回の離婚時に本籍地を移した記憶が曖昧らしい。新しい婚姻届には古い本籍地の戸籍を添付してしまったのだという。
しかし、それにしては添付された書類の量が多すぎた。どうやら、彼は「何か」を隠しているようだった。
依頼人の目が泳いでいた理由
男は「前の妻とはもう関係ありませんから」と繰り返したが、声が震えていた。
それを見ていたサトウさんが、静かに「あの……これ、重複していますね」と指摘した。
戸籍の改製原戸籍と現在戸籍が混在していた。素人ではあり得ない取り違えだ。
サトウさんの鋭い指摘
サトウさんは冷静だった。「これ、改製原の時点で婚姻歴が抜けてるんですよ。抹消じゃなくて、なかったことになってます」。
その一言に男の表情が凍りついた。
「……見なかったことにできませんかね」と言う男に、シンドウは心底面倒くさそうにため息をついた。
提出された戸籍謄本の違和感
改めて提出された戸籍謄本を見て、シンドウは首をかしげた。記載されている住所が、以前聞いたものと違っていたのだ。
その違いはほんの一文字。しかし、それは明確に「別の本籍地」を意味していた。
「なあサトウさん、これって……」
「はい、たぶん二つあるんでしょうね。婚約者も」とサトウさんは書類をトンと机に置いた。
なぜか存在する二つの本籍地
男は再婚ではなく、重婚の疑いが強かった。
しかも使い分けていたのは住所ではなく“本籍地”。まるで怪盗キッドがマジックショーで煙に巻くように、法的なトリックを仕込んでいた。
やれやれ、、、司法書士が怪盗を追う時代になったのか。
シンドウの調査開始
本籍地を移して婚姻届を出せば、理論上は戸籍が新たに作られる。
男はその制度を悪用して、まるで並行世界のように「二つの家族」を築いていたのだ。
シンドウは役所へ照会書を送りつつ、情報をにらみ続けた。
役所の職員の冷たい態度
「個人情報ですのでお答えできません」
市役所の窓口ではいつも通りの回答。だが、司法書士として正式に調査の目的を伝えると、少しずつ資料が出てきた。
そこには「他市町村に類似する戸籍情報あり」の赤字メモが残っていた。
旧姓を辿ると見える人間関係
そのメモをもとに旧姓で検索すると、別の女性と婚姻関係にある記録が出てきた。
しかも日付が“本日”の一週間前。現在進行形だった。
「おいおい、サザエさんのカツオでももうちょっと隠しごとが下手じゃないぞ」と、シンドウは頭を抱えた。
浮上するもう一人の婚約者
新しく判明した女性は、他県に住むシングルマザーだった。
彼女もまた「結婚する予定」と話していたという情報が入り、状況は二重婚約、いや二重生活の様相を帯びていた。
男は戸籍を別にすることで、婚姻関係を意図的に分断しようとしていたのだ。
二重生活の可能性と司法書士の推理
「これ、もはや行政書士とか探偵の領域じゃないのか……」
そうぼやくシンドウに、サトウさんはにべもなく「そのへんが曖昧だからこそ、司法書士の出番なんです」と返した。
やれやれ、、、なんでうちにこんなのばっかり来るんだろう。
やれやれ、、、やっぱり修羅場だった
二人の女性が事務所に鉢合わせしたのは、それから三日後だった。
まるで昼ドラの最終回。どちらも引かず、男は沈黙を守るだけ。
シンドウはコーヒーを二杯、いや三杯飲んで冷静を装った。
本籍地を巡る恋のトリック
最終的に戸籍上の問題を整理し、男は一人だけと正式に婚姻関係を結ぶことになった。
ただし、もう一人の女性とは「婚約不履行」で訴訟中。まったく、司法書士としても胃が痛くなる展開だった。
「本籍地で浮気を隠すなんて、次元大介の帽子の中に秘密兵器が入ってるぐらい無理がありますよ」と、サトウさんは皮肉った。
最後に残された本当の書類
後日、男の本当の本籍地に保管されていた戸籍から、一枚の婚姻届の写しが届いた。
そこには、まだ誰にも知られていない、三人目の女性の名前があった。
「……この仕事、定年ないんだよな」と呟いたシンドウは、次の書類の山に静かに手を伸ばした。
サトウさんの一言が全てを締める
「先生、たぶんこの人、来年また来ますよ。今度は養子縁組で」
その言葉にシンドウは苦笑しながら頷いた。やれやれ、、、次はどこの本籍地が恋の舞台になるのやら。
だが、司法書士としての役目はただ一つ。書類の真実を見抜き、正しく処理することだ。