封筒に潜む影
その朝、事務所のポストには一通の封筒が差し込まれていた。茶色い紙に黒々とした筆跡。宛名には「司法書士 シンドウ様」とだけ書かれている。差出人はない。
封筒の中には、一枚の便箋。そこには太いマジックでこう記されていた。
「すべて知っている。あの登記のことも。次はない。」
朝の郵便と異変の始まり
「なんですかこれ」サトウさんが封筒を無造作に机の上に置いた。朝一番、郵便をチェックするのは彼女の仕事だ。
寝癖の残る頭でそれを手に取った私は、まだぼんやりしていた脳みそが一気に覚醒するのを感じた。これは、ただの嫌がらせではない。
「登記のことって……どの?」と自分でも意味のない独り言を漏らした。
サトウさんの冷静な一言
「脅迫ですね。警察に出します?」サトウさんはコーヒーを啜りながら言う。
その無表情な顔に、こちらが動揺していることを見透かされた気がした。
「ま、ちょっと調べてみますか。依頼人で心当たりがあるなら。」と続ける彼女の態度は、まるで『サザエさん』のマスオさんが日曜夕方に味わう絶望のごとく、妙に現実感があった。
脅迫文に記された謎の数字
便箋の裏には、奇妙な数字列が記されていた。0314 0907 2210。
誕生日か?住所の地番か?思い当たる節がない。
「もしかして、登記番号の下四桁じゃないですか?」サトウさんが画面を覗き込む。たしかに、去年処理したある不動産の番号に酷似していた。
差出人不明の封筒の行方
私は手がかりを求めて、その登記に関わったファイルを取り出した。
依頼人は、酒井という男性。だが、彼は数ヶ月前に事故で亡くなっていたはずだ。
となると、家族か、あるいは……?
元依頼人の影を追って
私は再び登記簿を開き、関係する名義人を洗い直した。そこにいたのは、酒井の妹、そして一度だけ相談に訪れたらしい内縁の妻らしき女性。
「一度しか来てないのに、よく覚えてますね」サトウさんが感心するように言った。
「美人だったからな……」と答えたが、その瞬間にサトウさんの目が氷点下になった気がして、慌てて話題を変えた。
やれやれ、、、とつぶやく午後
「やれやれ、、、なんで俺が脅迫されなきゃならんのだ」思わず独り言が漏れる。
司法書士という職業は、トラブルの火消し役のはずだ。なのに、自分が炎の真っ只中にいる。
コナンならこのへんで「真実はいつもひとつ」とか言うんだろうが、こっちは胃薬が手放せない日々だ。
過去の登記簿に隠された秘密
サトウさんが調べていた補助資料の中に、興味深い一文があった。相続登記の際、内縁の妻が自分の署名を後日提出すると言って、そのままになっていたという記録だ。
もしや、あの登記は未完了だった?ならば、今の名義は不安定な状態。
つまり、脅迫の動機が生まれる余地がある。
サザエさん的すれ違いの真実
一度だけ相談に来たその女性に電話をかけてみた。だが、番号は現在使われていない。
代わりに、彼女の名字で登記申請された別の案件が今年に入って提出されていた。司法書士は……私じゃない。
「二重に依頼してたってことですかね」とサトウさん。勘違いと誤解の連続、それはまるで日曜6時半のご家庭コメディ。
サトウさんが見抜いた嘘
「この筆跡、たぶん女性ですね。癖字ですが、丸文字寄りです」そう言ってサトウさんはサンプル文字と照らし合わせていた。
「あと、この封筒、裏のノリがきれいすぎます。市販の糊じゃない。事務用のプリント糊ですね」
彼女の推理は、まるでキャッツアイのアイちゃん並みに冴えていた。
真犯人の名前は封筒の中に
再び便箋を見直すと、「すべて知っている」の下にうっすらと、もう一行が見えた。レターパックの色写りかと思っていたそれは、消えかけた鉛筆書きだった。
「証明しろ 由紀子より」と読めた瞬間、すべてが繋がった。
内縁の妻、由紀子。彼女が登記の件で追い詰められ、誰かに責任をなすりつけようとしたのだ。
封筒に押された消印の意味
封筒の消印には、隣町の簡易郵便局のスタンプが押されていた。サトウさんがそれを見て笑った。
「そこ、局員が知り合いなんで聞いてみます。すぐ特定できますよ、手書きの封筒なんて珍しいですから」
彼女の顔は無表情のままだったが、その口元だけはわずかに緩んでいた。
郵便局員の証言と赤い紙片
その日の夕方、郵便局員から連絡が入った。差出人はやはり由紀子。しかも、他にも何通か似たような文面の封筒を出していたことが判明。
証拠として、彼女が使っていたレターセットの切れ端も見つかっていた。
やれやれ、、、ようやく終わるかと思ったその時、また別の封筒が届いていた。
名探偵コナンのような逆転劇
届いた封筒は、同じ筆跡だったが中身は謝罪文だった。「すべて私の誤解でした。登記の件で不安になっていたのです。」と。
まるで事件の幕引きを丁寧に描く探偵アニメのラストのようだった。
だがサトウさんは「封筒は破らず保管してください」とだけ言った。
司法書士が法で守るべきもの
法律は感情を裁かない。ただ、事実だけを扱う。
その冷たさが時に救いとなり、また誰かの心を凍らせもする。だが、それでも司法書士という仕事は、誰かの未来を支える土台を作っている。
だからこそ、簡単には揺るがない。
夕暮れの事務所と静けさの中で
時計の針が午後6時を指していた。事務所には静寂が戻り、いつものルーチンが待っていた。
「もう、こんな時間ですか」サトウさんがカバンを手にした。
私は湯呑みを洗いながら、小さくつぶやいた。「ま、今日も何とか無事だったな」
サトウさんの塩対応が温かくなる瞬間
事務所を出る間際、サトウさんがぽつりとつぶやいた。
「次、脅迫状来たら、もうちょっとマシな紙使ってほしいですね。安物すぎて触るのも嫌です」
その言葉に、思わず吹き出した。やれやれ、、、明日もまた、波乱の一日が始まりそうだ。