二重約束の仮の真実

二重約束の仮の真実

朝イチの電話は嫌な予感しかない

その日も例によって、机の上には未処理の書類が山積みだった。コーヒーを一口すする前に、事務所の電話がけたたましく鳴る。ディスプレイには見覚えのある番号、数ヶ月前に仮差押えを依頼してきた不動産会社の社長だ。

「先生、大変です。物件が他に売られてるんですよ!」 朝から勘弁してくれよ、と思いながらも、受話器越しの焦燥にただならぬものを感じた。

依頼人の焦りと二つの日時

話を聞くと、社長は仮差押えを申立てていた物件について、別の買主が登記を申請していたという。しかもその登記は、我々が仮差押えを入れたのと同じ日付らしい。偶然か、はたまた意図的なものか。

日付が同じというのがまた厄介で、時間まで確認しなければ優先順位はわからない。司法書士界の“秒読みサスペンス”とはこのことだ。

サトウさんの冷静な一言

「……要するにダブルブッキングですね」 彼女は書類をぱらぱらとめくりながら、冷静に呟いた。まるでサザエさんのカツオのいたずらを見抜いた波平のように、すでに全体像を把握しているようだった。

「こっちが先に出してるか確認しないとですね。送信記録、残ってますよ」 まったく、うちの事務所で一番頼りになるのは、もはや俺じゃないのかもしれない。

ダブルブッキングの罠

FAXの送信記録を見ると、確かに我々の仮差押え申請は午前10時3分。しかし相手の売買登記は10時5分――ギリギリこちらが先だった。ただ、それだけで片付くほど、世の中は単純じゃない。

この手のトラブルでは、誰が何を知っていたかが命運を分ける。問題は「偶然」か「計画」かだ。

登記簿に見えない謎の線

登記簿上は、ごく普通の売買だ。仮差押えの痕跡も、まだ反映されていない。しかし、気になるのはその前後の取引履歴。売主の過去の登記に、妙な空白があった。まるで誰かが「伏線」を隠したかのように。

そこには、連続する所有権移転登記があるはずなのに、ひとつ分の資料が“欠けて”いた。

仮差押えの効力が二重に及ぶとき

仮差押えは、第三者への対抗要件には限界がある。登記簿に現れる前に物件が動いていれば、その効力が及ばないケースも。だが、今回のように「登記の日」が同じで、しかもこちらが先に手続きしていたとなれば話は別だ。

「ただの偶然にしちゃ、できすぎてるわね」とサトウさん。まったくだ。

登記情報とカレンダーのすれ違い

更に調べてみると、売買契約書の日付が仮差押えの提出後になっていた。つまり相手方は、仮差押えがかかっていることを知った上で契約していた可能性がある。 ……これは、確信犯か?

司法書士としてはこういうとき、本当はあまり深入りしたくない。だが、ここで手を引いたらそれこそサトウさんに「使えない」と言われかねない。

司法書士が見逃した盲点

実は、売主が我々に仮差押えの依頼をしたのと同じタイミングで、別の司法書士にも売買登記の依頼をしていたらしい。 これぞまさに「ダブルブッキング」。だが我々が知る由もなかった。

やれやれ、、、こういうのが一番厄介なんだよ、本当に。

一通のFAXが運命を変える

決定打となったのは、裁判所に送った仮差押え命令書の控え。こちらのFAXは法務局に10時3分に届いていた。 相手の売買登記はその2分後。たったそれだけの差が、生死を分ける。

「この差、勝ちですね」 サトウさんは書類をトンと揃えて言った。嬉しいはずなのに、なぜか敗北感を覚えたのはなぜだろう。

先に出された書類の重さ

登記の世界では、一番に出された書類がすべてを制す。先に走った方が勝ち。まるで某怪盗漫画のようだ。あちらは予告状で先に知らせるが、こちらは沈黙のFAX合戦だ。

それでも、勝ちは勝ちだった。

依頼人同士の接点

裏を取っていくと、なんと両方の依頼人が同じ大学のサークル仲間だったという事実が判明。売主と買主、そして我々と相手方司法書士――それぞれがギリギリを攻め合う、まさに知恵比べ。

これが偶然で済むのか。そんなはずはない。

見えてきた不自然な売買の流れ

買主の方はどうも、仮差押えを知っていて無理に突っ込んできたようだった。その目的は――恐らくは価格の釣り上げ、もしくは取引の破談による損害賠償狙い。どちらにしても悪質な“仕掛け”だった。

「こりゃ一種の登記サスペンスですね」とサトウさん。 冗談のようだが、現実の話だ。

物件の影に潜む意外な動機

後日、売主が自ら語った。 「あいつには借りがあったんだよ。登記で一発、やり返したくてな」 まるで昭和の復讐劇のようなセリフに、逆に感心してしまった。

仮差押えとダブルブッキング――その裏にあったのは、人間の業と執念だった。

金か執念か

結局、裁判所が仮差押えの効力を優先し、売買登記は後回しに。依頼人はホッとした様子で頭を下げて帰っていった。「助かりました、またお願いします」と。

「いや、お願いされたくないよ……」と心の中で呟いたが、口には出さなかった。

法務局で交わされた謎の会話

登記官も今回の件には頭を抱えていたようだ。「こういう同時申請って、ほんと胃に悪いんですよ」とこぼしていた。気持ちは痛いほど分かる。

「同時」とは便利な言葉だが、そこに隠された「意図」は人間の数だけある。

同日提出の裏側にあるもの

タイミングが被るだけなら偶然。でも、それを狙ってやる奴もいる。司法書士とはいえ、全てを読み切れるわけではない。 だが、読めないからこそ、やりがいがある――はず、なんだけどな。

疲れるだけの日も多いのが現実だ。

サトウさんの仮説

「たぶん、相手の司法書士は気づいてましたよ。あえて提出を遅らせたんじゃないですか?」 ゾッとする仮説を、サトウさんはさらりと口にした。 それが本当なら、我々は“勝った”のではなく“勝たせてもらった”だけかもしれない。

真相は、もう誰にもわからない。

二重の依頼は意図的か偶然か

サトウさんはパソコンに向かいながら言った。 「結局、真実はクライアントの数だけあるんですよ」 司法書士というのは、そういう“真実”に毎日触れている。 真実はいつもひとつ――とは、限らない。

決着の日と裁判所からの知らせ

裁判所から仮差押えの正式決定が届いた。これで、登記は確定的になる。依頼人からは菓子折りが届いたが、受け取っていいのか一瞬迷った。まあ、たまにはもらってもバチは当たらんだろう。

一件落着。だが、安堵よりも疲労が勝った。

真実は登記簿には載らない

登記簿は正確だ。事実だけを記録する。だが、そこに「なぜ」や「どうして」は書かれていない。今回の件も、結果だけ見れば単なる順位の問題。それだけのことだ。

だがその裏には、血の通った人間たちの、複雑な感情が渦巻いている。

やれやれ仕事が片付いたと思ったら

コーヒーを淹れ直そうとしたその時、また電話が鳴った。 「もしもし、以前登記をお願いした〇〇ですが……」 やれやれ、、、今日もまた、事件のにおいがする。

司法書士って、静かな探偵みたいなもんだな。俺はそっとため息をついた。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓