抹消できない関係

抹消できない関係

登記簿に残された影

仮登記のまま放置された物件

雨上がりの朝、事務所に届いた分厚い封筒には、古い登記事項証明書が同封されていた。物件の仮登記がされたまま、十年以上が経過していた。通常ならすぐに抹消するか、本登記に移行するはずだが、何かが引っかかる。

仮登記のままというのは、まるで恋愛における「保留中」の関係みたいなものだ。はっきりしないまま、互いに一歩を踏み出せず、年月だけが過ぎていく。そんな関係が、登記簿にも存在するとはね。

依頼者は元恋人

さらに驚いたのは依頼人の名前だった。山口ユカ。かつて大学時代に付き合っていた女性だ。あの頃は俺も野球部で、多少はモテたんだ。いや、本当だってば。

まさか彼女が不動産の相談で俺のところに来るとは。電話の声は当時と変わらず凛としていたが、どこか迷いが混じっていた。サザエさんで言うなら波平が悩むような声だ。うん、例えが微妙か……。

仮登記の意味を問い直す

サトウさんの冷静な分析

「仮登記の名義人と現所有者、タイムラグがありすぎですね」サトウさんが資料をパラパラとめくりながら言った。「これ、何かありましたよ。手続きが止まる理由が」

淡々とした口調ながら、その目は鋭く核心を突いていた。どうやら俺が昔の恋に動揺しているのもすべてお見通しらしい。やれやれ、、、俺の感情まで仮登記にされてる気分だ。

登記簿と時間のズレ

登記簿上は平成23年に仮登記されたままだ。だが不動産の現況調査を見ると、そこには平成25年から別の人物が住んでいた記録がある。時系列がかみ合わない。

これは単なる手続きミスではない。何者かが意図的に仮登記のままにしているとしか思えなかった。ちょうどコナンくんが「真実はいつも一つ」と決め台詞を言う瞬間のような、そんな予感があった。

名義の裏側にある真実

所有権移転ができない理由

ユカの話を聞くうちに、仮登記のままになった背景が見えてきた。彼女の父親が所有していた物件を、資金援助を条件に仮登記で一時的に知人に預けたという。だが、その知人が亡くなり、遺族が本登記に応じないというのだ。

「お金のやり取りは書面にしてなかったの」彼女が言う。昔と変わらぬ無防備な表情だったが、背負っているものの重みが違った。「だから証明できないの」

法務局に届かなかった申請書

「法務局に提出された形跡、ありませんね」サトウさんが調査の進捗を報告してきた。「これは…未遂です。申請書は作成された形跡があるのに、提出されてない」

まるでラストページのないミステリー小説。どんなに読み進めても、肝心の結末が欠けている。そこに何が書かれていたのか、想像するしかないのだ。

男の嘘と女の記憶

隠された借用書

物件の押し入れの奥、埃まみれの段ボールから出てきたのは一枚の借用書だった。日付は仮登記とほぼ同時期。貸主として山口ユカの父親の署名。借主は故人となった名義人。

「これなら…仮登記が資金担保である証拠になります」サトウさんの声がほんの少しだけ弾んだ。冷静な彼女でも、真実の糸口を見つけた時は嬉しそうにするらしい。

共有名義の盲点

さらに調べると、物件にはもうひとり名義人がいた。故人の弟だ。彼が承諾しない限り、抹消も移転もできない。だが、その弟が海外にいるという。

「このままでは訴訟ですね」サトウさんが腕を組む。俺もため息をついた。「やれやれ、、、手続きより人間関係の方がよっぽど複雑だ」

やれやれの一手

シンドウのうっかり逆転劇

だが、ふと俺の頭にある光景がよみがえった。法務局の片隅で見かけた男。どこかで見たことがある顔。その男が名義人の弟だと確信した俺は、翌日その男に会いに行った。

彼は簡単にこう言った。「あの家?いらないですよ。姉さん(故人の妻)が揉めたくなかっただけで。今ならOKです」……やれやれ、、、手続きより会話だったな。

仮登記を生かした一計

仮登記のまま放置されていたからこそ、所有権移転も抵当権設定もなされていなかった。つまり、今なら抹消と同時に本登記が可能だ。急いで書類を整え、承諾書も添付して申請。

無事に登記は完了。十年越しの関係にもようやく結末がついた。「司法書士って便利ですね」とユカが微笑む。俺は苦笑いしながらこう返した。「いや、便利なのはサトウさんの方だよ」

抹消されないもの

登記簿に残った関係の痕跡

登記簿からは仮登記が消えた。だが、俺の心にはまだあの仮登記の痕跡が残っていた。曖昧なまま終わった恋、だけど今は少し清算できた気がする。

たぶん、人生にも登記があるなら、仮のままの関係がいくつもあるのだろう。抹消も移転もできず、ただ記憶の中で時を止めているような。

サトウさんの静かなツッコミ

「センセイ、書類出し忘れてました」そう言って、机の上に抹消証明書の写しを置くサトウさん。その目はあきれていた。「またうっかりですか?」

「いや、それは仮忘れってことで…」と言い訳すると、彼女は静かに一言。「はいはい、人生も仮登記だらけですね」やれやれ、、、俺のオチまで仮認定かよ。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓