朝のメールと見慣れぬ添付ファイル
デスクに着くと、未読メールが三件。うち一つは「過払い返金について」と件名がついていた。添付されたPDFを開くと、見覚えのない委任状が現れた。
うちの事務所名義、俺の名前、そしてサイン。だが、俺が作った覚えはない。朝から胃が重くなる。サトウさんが入れてくれたブラックコーヒーも、今日は効かない気がした。
「これ、偽造ですね」パソコン越しにサトウさんが言った。相変わらず、あっさりと怖いことを言う。
サトウさんの塩対応と違和感の種
「気づくの遅いですよ、シンドウ先生。先週の金曜にも似たメールが来てましたよ」
そう言って、彼女は淡々と旧メールをフォルダから引っ張り出してくる。俺は、自分の見落としを誤魔化す言葉を探すしかなかった。
「で、どう思う?」と訊くと、「この形式、昔の過払い請求業者に似てます。潰れたと思ってたけど、生き残りがいるのかも」
見落とされていた過払い請求の文面
添付された文書には、3年前に解決したはずの案件名が並んでいた。しかも、俺が報酬を受け取ったはずの件までが含まれている。
「これ、リスト化した方が良さそうですね」
サトウさんは軽くエクセルを開いて、過去の依頼人と照合を始めた。俺はただ、それを横から眺めるしかない。というか、もう半分彼女の方が探偵なのでは、、、
調査開始と二年前の記録
俺は古いファイル棚から、当時の契約書類を引っ張り出した。埃っぽい封筒の中に、青いボールペンで書かれた署名があった。
サインは確かに依頼人のものだった。しかし、その筆跡が今回の偽造委任状と酷似していた。
「あいつ、他人の名前も書ける達人だったんですね」
領収書の謎と名前の綴り
さらに調べていくと、一通の領収書に不自然な綴りがあった。通常「サトウ」と書くところを、「サトオ」と誤記している。
「そこまで真似できなかったか」俺はつぶやいた。偽造が雑になる瞬間、それが破綻の始まりだ。
「司法書士をなめないでほしいですね」サトウさんの視線が冷たい。いや、それ俺じゃなくて犯人に向けて言ってるよな? たぶん。
過払い金が示す奇妙な連続性
過払い返金の一覧を追うと、同じ口座番号に複数の金が流れていることが分かった。しかも、異なる依頼人からだ。
「これ、口座名義が偽名ですね。通帳、持って行けますか?」
サトウさんの問いに頷くしかない。俺は旧式の通帳を持って銀行に向かった。
同じ手口 異なる依頼人
念のため警察に相談すると、すでに似た手口の報告が複数上がっていた。犯人は司法書士事務所を名乗り、偽の委任状で還付金をかすめ取っていた。
「これ、探偵漫画でよくある手ですね。本人が知らない間に勝手に手続きされてるパターン」
サトウさんの言葉に、思わず俺は「あ、それ金田一で見た」と返してしまう。
事務所に届いた脅迫めいた手紙
その日の午後、事務所のポストに一通の茶封筒が届いた。中には「調べるな」という走り書きと、俺の写真が一枚。
街の喫茶店で、俺がサトウさんと話しているところを盗撮したものだった。
「これは警察に持って行きましょう」サトウさんが言う。いや、俺としてはもっと言ってほしかった。「こわいですね」とか、「心配です」とか。
誰が何を恐れているのか
差出人不明。だが、撮影位置や角度から察するに、相手はこの街の中にいる。
「意外と近くにいますね」サトウさんが、冷静に分析していた。
俺は、背中が寒くなった。サトウさんの言う「近く」というのは、だいたい物理的じゃなく心理的な距離のことが多い。
サトウさんの推理と古い関与者の名
「この偽名、昔の過払い業者にいた代表の旧名ですね」サトウさんは、過去の業界ニュースを漁り始めた。
そして、ある廃業した業者名が浮かび上がった。「セイワ司法書士相談所」
そこには、俺が補助者として駆け出しだった頃に、関わっていた名前も載っていた。
名義の裏にいた司法書士の影
「これ、、、まさか、、、」俺の声が震えた。そこにいたのは、かつての師匠だった。
一度だけ、過払い請求でグレーな処理を見た記憶がある。だが、まさかそれが今になって繋がるとは。
やれやれ、、、人の影ってのは、時間が経っても消えないもんだな。
逮捕と涙の告白
警察が動き、元師匠の居場所が特定された。事情聴取の末、自供に至ったという。
「借金があったんだ」と語ったその声を、電話越しに聞いて俺は何も言えなかった。
法を扱う者が法を破る。だが、それでも人は弱さを持っている。そう思わずにはいられなかった。
不正請求の理由とその代償
「彼、いまどこに?」と訊くと、サトウさんは「拘留中です」とだけ答えた。
情けない、と思う反面、かつての自分を見ているようで、何とも言えない感情が胸に広がった。
俺は、机の上の名刺をそっと裏返した。
サトウさんの一言と静かな終わり
「あの人は、自分の責任で終わらせましたね」その言葉に、俺はただ頷くしかなかった。
誰しも、背負いきれないものを抱えてるのかもしれない。ただ、それをどう終わらせるかが、問われるだけだ。
静かな午後、コーヒーの香りがふわりと漂った。
机に置かれた次の依頼書
サトウさんが、無言で一枚の書類を置いた。「相続登記ですね」
「また複雑そうだな、、、」俺は小さくつぶやいた。
「やれやれ、、、」
それでも回り続ける書類の世界
司法書士の仕事は、誰かの人生と向き合うことでもある。
たとえそれが過去の影と繋がっていても。
今日もまた、書類と人間の物語が始まる。