登記簿に眠る過去
奇妙な依頼は古びた名義から始まった
ある日の午後、事務所に届いた一通の封筒が、すべての始まりだった。差出人は市内の古い地主の家系からで、「祖父の土地について相談したい」という内容だった。封筒の中には、色褪せた登記事項証明書が同封されていた。
サトウさんの塩対応と一枚の写し
「これ、昭和のまま名義が止まってますね」と、サトウさんが淡々と告げる。冷蔵庫から出した麦茶よりも冷たいトーンに、思わず背筋が伸びた。とはいえ、その的確さには助けられる。
名義変更がされない理由
相談者である孫の話によれば、その土地は長らく誰も近づかない状態だったという。草は伸び放題、建物も半壊。しかし彼は売却したいという。問題は、名義人である祖父が数十年前に失踪したままだという点だった。
地主が語らない想い出
「実はあの家には……祖父が戻ってきた夜から、誰も足を踏み入れてないんです」──彼はふと語り出した。かすかに震える声で、遠くを見るように。どうやらその夜、何かが起こったらしい。
調査の先に見えた廃屋
私とサトウさんは現地確認に出向いた。そこには、サザエさん一家が引っ越したらこうなるだろうという、昭和感あふれる平屋が静かに佇んでいた。瓦は落ち、ガラスは割れ、だが郵便受けにはまだ一通の葉書が挟まっていた。
登記簿の余白と消えた住人
登記簿上、名義は変わっていない。住所移転の記録もなければ、住民票も抹消されていない。つまり、名義人は“生きたまま”法的に宙ぶらりんの状態で残っている。「やれやれ、、、生きてることになってる幽霊だな」と私がつぶやくと、サトウさんは一瞬だけ笑った気がした。
やれやれ、、、相続関係説明図の罠
相続関係説明図を作ろうとしたとき、戸籍の収集で異変に気づく。祖父の除籍が存在しない。役所でも記録がなく、死亡届も出されていないのだ。「これは、あれですね。登記簿の中で時が止まってるパターンです」と、サトウさん。
古い戸籍が語る女の足跡
戸籍をさらに遡ると、見慣れない名前の女性が現れた。祖父の妹にあたる人物らしいが、なぜか数年間だけ住民票を同じ住所に移していた痕跡がある。そしてまた、彼女も忽然と記録から姿を消していた。
墓地に刻まれた名前の真実
相談者とともに墓地を訪れると、そこには祖父の名がすでに刻まれていた。誰かが無断で納骨し、供養していたらしい。日付は失踪とされていた夜の翌日。「誰が埋葬したんでしょうね」と、相談者がつぶやいた。
土地家屋調査士との確執
さらに調査を進めようとした矢先、測量を依頼していた土地家屋調査士から連絡があった。「あの土地はやめた方がいい。境界立会いのとき、近隣住民が誰も出てこなかったんです」──異様な沈黙がその土地を包んでいた。
サザエさん家みたいに賑やかな家系図
相続人を探る過程で、家系図はまるでサザエさんのオープニングのように広がっていった。「あの人は誰と再婚して……えっ、また離婚?」と私が困惑していると、サトウさんが手際よく整理してくれた。
サトウさんの推理と私の愚痴
「これ、祖父が失踪したんじゃなくて、妹が殺して埋めたって可能性ないですか?」とサトウさんが言ったとき、私の手が震えた。「推理マンガかよ……いや、もうそれでいい気がしてきたよ」と、私は愚痴るしかなかった。
真犯人は誰も疑わなかったあの人
最終的にわかったのは、祖父の妹が実家の財産を守るために、祖父に暴力を振るい命を奪った可能性が高いということ。すでに彼女も他界しており、真相は確かめようがない。だが、その仮説に納得がいく証拠は揃っていた。
想い出と名義は封印されたまま終わる
結局、登記の名義変更は「失踪宣告」によって進められることとなった。だが、そこに刻まれた“想い出”までは誰も登記できない。登記簿に眠る過去は、再び封印されることとなった。