登記の依頼は一本の電話から始まった
梅雨空の昼下がり、事務所の電話が鳴った。ぼんやりと眠気まじりの頭で受話器を取ると、どこか焦りの混じった中年男性の声が飛び込んできた。曰く、亡くなった父の名義の土地を急ぎ相続登記したいという。
こういう場合、だいたい裏に何かある。そう思いつつも、依頼を断るほどの強い理由もなく、翌日に書類一式を持って来所するよう伝えた。
名義変更を急ぐ依頼人
翌日、スーツの襟を濡らしながら現れた依頼人は、いかにも焦っている様子だった。差し出された遺産分割協議書は、ひと通りの形式を備えていたが、どこか作り物めいていた。
「時間がないんです。できるだけ早くお願いします」と念を押され、ますます怪しいと感じた。急がれる仕事ほど、トラブルの香りがするのだ。
雨の日の訪問者
書類を検分していると、事務所のドアがまた開いた。黒い傘から水を滴らせながら現れたのは、別の相続人を名乗る女性だった。しかも、持参していたのは別の内容の協議書。
「この土地に関して、兄には勝手なことをしてほしくないんです」と彼女は語った。いよいよ、簡単な案件ではなくなってきた。
遺産分割協議書に潜む違和感
最初の依頼人が提出した協議書には、明らかに彼女の署名と印影があった。しかし、目の前の彼女は「一切署名していない」と言う。
どうやら偽造の可能性が高い。だが、筆跡鑑定をするにも費用がかかるし、まずは本人確認の記録を精査することにした。
書式は完璧なのに心がざわつく
形式的には問題ない協議書。しかし、サトウさんは鋭く言った。「こういう完璧さ、逆に不自然ですよね。司法書士向けのカモフラージュってやつです」
さすが塩対応でも有能な事務員だ。彼女の言葉が、僕の背中を押すように感じられた。
サトウさんの冷静な一言
「この人、登記のこと詳しすぎませんか?」とサトウさんが言った。確かに、最初の依頼人は専門用語を多用し、必要書類も完璧に揃えていた。
もしかして、過去に不動産業者として何かやらかしていたのではないか——そんな疑念が芽生えた。
古い登記簿の中に記された空白
役所で取得した過去の登記簿を見ると、不自然な記載漏れがあった。ある年を境に、所有者欄がごっそり抜けていたのだ。
しかも、法務局の保管記録と齟齬がある。どうやら、この土地の登記には長年にわたる“闇”が潜んでいるようだった。
消えた土地の持ち主
記録によれば、平成初期に登記名義が変更された形跡があるのだが、変更原因がどこにも記載されていない。「売買」も「相続」もなし。ただの名前の変更。
その時期に何があったのか、地元の不動産業者に聞き込みを始めた。
明治時代の地番が示すもの
地元の図書館で調べた古い地図には、今とは異なる地番が記されていた。該当の土地は、もともと別の家系が所有していたらしい。
登記簿に残された空白は、単なる行政のミスではなく、意図的な隠蔽の可能性が濃厚になってきた。
土地家屋調査士の証言
懇意にしている調査士に相談すると、ある時期に急いで境界確認が行われていたという話が出た。しかも、測量図は不自然なほど正確すぎた。
普通なら地積更正登記を伴うはずだが、それも見当たらない。なにかがおかしい。
境界に埋もれた事実
現地を訪れると、境界杭が半ば地中に埋まっていた。調査士が「この杭、新しいですね」と言った。誰かが最近になって杭を打ち直したのだ。
これは、登記上の位置を意図的に操作しようとした証拠だった。
登記ミスか故意の改ざんか
本当にただのミスなのか? それとも誰かが仕組んだ計画か? これまでの証拠から見えてきたのは、後者の線だった。
「やれやれ、、、また地味に面倒な仕事が増えたな」と僕はつぶやいた。こういうのは名探偵コナンに任せたい。
遺言書の存在が覆す前提
サトウさんが、家庭裁判所に照会をかけていた。すると、数年前に公正証書遺言が登録されていたことが判明する。
そこには「本件土地を長女に相続させる」と明記されていた。あの依頼人の言っていた“協議”はまるで意味がなかったのだ。
新たに見つかった公正証書遺言
その遺言書には、協議書に記された内容と真逆の意思があった。これが有効となれば、協議書は無効。偽造の疑いがますます強くなる。
僕は急いで法務局に登記の停止を申し出た。
筆跡鑑定のプロに会いに
大学時代の後輩が筆跡鑑定を専門にしていたことを思い出し、依頼することにした。結果は黒。協議書のサインは偽物だった。
これで依頼人は終わったも同然だが、さて、どこまで話が広がるか。
不動産業者の不可解な動き
調べると、依頼人は地元の中堅不動産会社に勤務していた過去があった。社内でいざこざを起こし、辞めたという噂もある。
その会社が、問題の土地を買い取りたがっていた記録が残っていた。
同じ地番に複数の買主候補
他にも複数の業者がその土地に興味を示していた。どうやら、将来的な再開発の話があるらしい。
その話を知っていた依頼人が、自分のものにしようとして偽造を働いたのだろう。
サトウさんの裏取り調査
例によって、サトウさんが裏を取ってくれていた。古い売買交渉のメール、怪しい司法書士名の登記相談記録、すべてがつながっていく。
まるで『金田一少年の事件簿』みたいな展開になってきた。
司法書士会からの警告
本件について、司法書士会からも「慎重な対応を」と注意喚起が届いた。どうやら、他にも似たような事案が発生しているらしい。
業界全体の問題として見られていたのだ。
登記の前提が崩れる
依頼人は登記完了を急かしていたが、その根拠となる書類が全て虚偽と判明した。これはもう、司法書士として受任できる範囲を超えていた。
僕は依頼を正式に辞退する旨を通知した。
嫌な予感は的中する
その翌日、件の依頼人が地元新聞の一面を飾った。「登記偽造容疑で不動産関係者逮捕」。やれやれ、、、先に手を引いていて本当によかった。
トラブルを予感する嗅覚だけは、衰えていなかったらしい。
行政書士が握っていた別の事実
その後、関係書類の中に、なぜか行政書士の名前が出てきた。どうやら協議書の作成を“依頼人が勝手に”依頼していたらしい。
しかし、その行政書士は既に関与を否定しており、文書の提出記録もなかった。
急に口をつぐんだ男
電話をしたときは饒舌だった行政書士が、件名を出した途端に黙り込んだ。おそらく、巻き込まれることを恐れているのだろう。
誰もが“逃げ腰”になるほど、案件の闇は深いようだ。
古い契約書の裏にあった一文
段ボールに放り込まれた古い書類の中から、土地の売買予約契約書が見つかった。その裏面に「遺言書の内容に反する場合、本契約は無効とする」との但し書きが。
依頼人は、この一文を隠したかったのだろう。
すべてを結ぶ一本の登記原因証明情報
最終的に、事件のすべてをつなげたのは、たった一通の登記原因証明情報だった。そこには不自然な日付と、見慣れない司法書士の職印。
結局、依頼人は過去にも別の司法書士を騙していたことが判明した。
登記簿の備考欄に記された謎
備考欄に「再登記予定あり」と記された記述。これはつまり、本人もやましさを感じていた証拠だった。
言い逃れは、もうできない。
やれやれ、、、これは一筋縄ではいかない
最初の電話一本から、ここまで大ごとになるとは思わなかった。けれど、また一つ登記簿が“真実を語る記録”であることを証明できた気がした。
司法書士も、探偵みたいな仕事になることがあるのだ。
真実と嘘のはざまで
人の言葉には嘘が混じる。でも登記簿は、書き換えられぬ限り、真実を残す。そこに救いがあると思いたい。
とはいえ、気を抜けばすぐに巻き込まれるのがこの仕事。明日もまた、変な依頼が飛び込んできそうだ。
依頼人の真意
逮捕された依頼人は、「家族に見返してほしかった」と供述していた。偽造の理由としては、あまりに切ない。
だが、どれほどの事情があっても、登記簿は欺けない。
サトウさんの最後の推理
「最初から登記原因を曖昧にしていた時点で、怪しいんです。普通の人は“登記原因”なんて言葉、使いませんから」
やっぱり、彼女は侮れない。僕の事務所の名探偵かもしれない。
登記簿が告げた結末
土地は遺言に従い、正当な相続人へと移転された。協議書はすべて無効となり、事件は幕を閉じた。
静かな結末ではあるが、静かすぎる日常はまた退屈でもある。
新たに書き換えられた記録
新しい登記簿には、何も不自然な点はない。けれどその裏側には、壮絶な人間模様が隠されていた。
僕の仕事は、それを読み解くことなのかもしれない。
嘘を超えてたどり着いた真実
真実はいつも一つ、とは言い過ぎかもしれない。でも今回の件で、“一つの記録”が人を守るということを再確認した。
やれやれ、、、次の事件は、もう少し平和でお願いしたい。