朝の依頼人
静かな待合室に現れた未亡人
朝のコーヒーがまだ胃に落ちきらないうちに、事務所のドアが静かに開いた。
現れたのは、喪服のような黒のワンピースを着た中年の女性だった。
「登記の相談をお願いしたいんです」――静かな声に、なぜか微かな棘のようなものを感じた。
登記相談という名の違和感
依頼内容は「相続による不動産の名義変更」だった。
書類は一通り揃っていたが、どうも腑に落ちない。
特に、遺産分割協議書に記された署名がどこか不自然だったのだ。
名義変更の落とし穴
古い登記簿に残された名前
私は法務局の登記簿を取り寄せ、旧所有者の記録を洗い始めた。
すると、ある名前が十年前からずっと消されずに残っていた。
依頼人が言う「亡くなった夫の兄」と同じ名前だった。
謎の抹消登記申請履歴
不思議なことに、兄の名義を抹消しようとした形跡が過去に一度だけあった。
だがその申請は途中で取り下げられており、処理は未了のままだ。
理由は書かれていない。ただ、「申請人の都合により」とだけある。
サトウさんの推理
数字のズレに隠された矛盾
「この協議書の印紙、微妙に金額が合ってませんね」
横からサトウさんがぼそりと指摘した。まるで金田一少年ばりの勘の鋭さだ。
言われて初めて気づいた。印紙税の計算が、現在の固定資産評価と合っていない。
登記申請書の癖字と印影
さらに、彼女は申請書類の筆跡を照らし合わせていた。
「ここと、ここの字、同じ人が書いてますね。兄の署名とされてるところも」
やれやれ、、、また厄介な話に巻き込まれたかもしれない。
依頼人の過去
相続登記を巡る兄妹の確執
調査を進めるうちに、依頼人とその亡き夫の兄との間に確執があったことが分かった。
兄は一度、遺産放棄を申し出ていたが、その後翻意していたという記録があった。
だが依頼人は、その事実を隠し、相続を独占しようとしていた可能性がある。
失踪した兄とその遺言
兄は五年前、突如行方をくらました。
その際、知人宛に「自分には何も残さずいい」と遺言めいた手紙を残していた。
だが、それは正式な遺言書ではなく、法的効力もない。
真実にたどり着く時
登記簿が語った別れの理由
結果的に、兄の相続放棄は無効と判断され、登記の申請は差し戻しになった。
「そんな、、、」と呆然とする依頼人の背中は、どこかしら憎しみと後悔が交錯していた。
登記簿は嘘をつかない。静かに、けれど確実に、真実を刻んでいた。
やれやれと呟く午後
ひとつの事件が終わり また机の上へ
午後、事務所に残された書類の山を前にして、僕は椅子に深く腰を沈めた。
「これでまた、一件落着か」と呟くと、サトウさんが無言で書類を差し出す。
その表紙には――「登記義務違反による過料の件」と書かれていた。やれやれ、、、。