登記簿に浮かぶ影

登記簿に浮かぶ影

登記簿に浮かぶ影

曇り空と一通の依頼状

八月の朝。窓の外には重たい雲が垂れ込め、空気もどこか湿っていた。
机の上に無造作に置かれた一通の封筒は、差出人不明。だが中に入っていたのは、数枚の登記事項証明書と、手書きのメモだった。
「この登記には嘘があります」とだけ書かれていた。

相続登記の相談と違和感

その日の午後、依頼者と名乗る男が現れた。五十代前半、喪服のような黒のスーツを着たまま、開口一番こう言った。
「亡くなった父の相続登記をお願いしたい。ただ、少し複雑かもしれません」
だがその”父”の名前は、午前中の怪文書に登場していた名義人と一致していた。

被相続人が生きていたという証言

調査のため市役所で戸籍を追った。確かに死亡届は提出されていた。
だが近所の住民に聞き込みをすると「いや、あの人、先週まで畑にいたよ?」と口々に言う。
まるで生きている人間が幽霊として処理されているような、不気味な感覚だった。

消えた名義変更と謎の売買契約

さらに調査を進めると、一年前にその土地はすでに売却されていたことが判明した。
売買契約書の写しも登記済証も出てこない。登記簿上では名義変更は完了しているのに、現地では依然として”旧所有者”が住んでいた。
「サザエさんの波平がいつまでも定年しないように」、何かおかしな時間が流れているようだった。

サトウさんの冷静な分析

「これは、登記上のトリックですね」とサトウさんは言った。
パソコンを素早く操作しながら、関係する全登記簿を比較し、不自然な点を一覧にまとめた。
「名義変更の手続きが行われた直後に、同一の印鑑証明が別件で使われてます。これは同一人物による偽装の可能性が高いです」

登記簿の過去をひも解く

古い登記簿の写しを取り寄せると、十年前にも一度、同じ不動産に不自然な名義変更があったことが分かった。
そのときの司法書士は既に廃業していたが、記録にはその名前が残っていた。
登記簿とは歴史の積み重ねである。そこに細工を加える者は、過去と未来の両方を歪める。

鍵を握る別の司法書士の存在

私はその司法書士の旧事務所を訪ねた。ボロボロの木造家屋で、今は空き家になっていた。
壁に貼られた古びた表札だけが、かつてそこに誰かがいたことを示していた。
「やれやれ、、、久しぶりに泥の中に足を突っ込むことになりそうだな」と思った。

廃屋に残された契約書の写し

廃屋の中には、埃をかぶった書類の山。その中に、例の土地に関する売買契約書のコピーを発見した。
そこには明らかに偽造された印影と、実在しない人物名が記載されていた。
そして何よりも恐ろしかったのは、署名に使われた筆跡が現依頼者のものと酷似していたことだった。

本人確認書類の筆跡が語る真実

依頼者に本人確認書類の再提出を求めた。
彼が出したのは、つい最近発行された免許証。しかし、その署名欄の文字は、明らかに廃屋で見た契約書と一致していた。
つまり、”依頼者”こそが、過去に不正な名義変更を主導していた張本人だったのだ。

名義貸しの連鎖と法の死角

更に調べると、彼は他にも複数の土地に関与していた。名義貸しを利用し、複雑な取引を通じて土地を転売していた。
表向きは合法だが、実態は詐欺まがい。法の目が届かぬ隙間を巧みに利用していた。
「まるでルパン三世の変装術みたいですね」とサトウさんがぼそっと言ったが、確かにそれは一種の変装だった。

不動産ブローカーとの対峙

彼を紹介した不動産ブローカーにも話を聞いた。だが「何のことかさっぱり」と惚ける。
こちらが証拠書類を見せると、一転して口を割った。
「登記が通ればそれで良かったんだよ。細けぇ話は司法書士さんの仕事だろ?」——なんとも耳障りな言葉だった。

サトウさんの一言で動く証人

この手の事件では、証人が出てこないと話が進まない。
しかしサトウさんが、以前土地を貸していた老人に話をつけてくれた。
「あなたが黙っている間に、あなたの名前が勝手に使われてるんですよ」その言葉に動かされた老人は、重い口を開いた。

真犯人の意外な動機

結局、すべては依頼者が抱えていた借金のためだった。
相続登記を装いながら、裏では土地を転がし金を得るという、稚拙だが周到な計画。
ただし、彼にとってはそれが”最後の手段”だったという。

法の隙間に消えたもう一人の名義人

ひとつだけ、解けない謎が残った。十年前に登記されたもう一人の名義人。
その人物は、戸籍上も住民票上も存在しなかった。
まるで影のように現れ、影のように消えた。いや、もしかすると”影”こそがこの事件の本質だったのかもしれない。

解決とほろ苦い余韻

警察に証拠を提出し、依頼者はしょっぴかれた。
私は報告書を書きながら、無性に苦いコーヒーを淹れた。
サトウさんは「次からはもう少し簡単な登記だけにしてください」と呆れ顔だった。

やれやれと空を見上げる午後

事務所を出て、空を見上げると、あの重たい雲は少しだけ薄くなっていた。
「やれやれ、、、」と小さくつぶやいてから、私はまた歩き出した。
次はどんな登記の闇が待っているのだろうか。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓