死者の名に潜む真実

死者の名に潜む真実

死者の名に潜む真実

古寺に届いた一通の封筒

山あいの古びた寺に、差出人不明の封筒が届いたのは、ちょうど梅雨の終わりだった。住職が中を開くと、そこには過去帳の写しと、ある土地の登記簿謄本が入っていた。表には「調査を依頼する」とだけ書かれており、差出人はなかった。 住職は困惑しながらも、封筒を持って私の事務所にやってきた。私のような町の司法書士にこんな不可解なものを持ってくるなんて、よほどのことだ。

過去帳に書かれた見慣れぬ名前

過去帳を見てみると、数十年前に亡くなった「タカハシ ケイイチ」という名前が記されていた。戒名と共に日付、享年もある。だがその名前は、登記簿にある名義人の名前と完全に一致していた。 「この人は亡くなってるのに、なぜ名義はそのままなんですか?」とサトウさんが冷静に指摘した。なるほど、そのとおりだ。私の頭はすでに混乱していた。

住職の沈黙とその理由

住職は少し口ごもりながら話し始めた。「この方は、私の前の住職が…何か関わっていたようです。詳しいことは記録に残っておりませんが…」その表情は、何かを隠しているようにも見えた。 しかし、強く追及できる雰囲気ではなかった。まるで、登記と過去帳の二つの記録が、それぞれの都合で時を止めたかのようだった。

奇妙な登記相談

土地の名義人は既に故人

登記簿を確認すると、その土地は昭和55年に「タカハシ ケイイチ」名義で所有権が設定されていた。そこまでは普通だ。しかし、その後に何の異動もなく、現在までずっとそのままというのは、あまりに不自然だった。 固定資産税はどうなっているのか。差し押さえや差配もない。誰も文句を言ってこなかったのが、むしろ奇妙だった。

墓地の地番にまつわる違和感

もっと奇妙だったのは、その土地の地番が「墓地」として役所に登録されているにもかかわらず、実際は誰も使っていない空き地であったことだ。草が生い茂り、墓石ひとつない。 「それってつまり、誰もそこに眠ってないってことですか?」サトウさんの言葉が冷たく空気を裂く。私は黙ってうなずいた。

登記簿に現れた影

昭和の売買契約書の謎

古い引出しの奥から、昭和時代の売買契約書が見つかった。それは前の住職が「タカハシ ケイイチ」から土地を譲り受ける旨を記したものだった。が、署名も押印も曖昧で、登記手続きは未了のままだった。 何より驚いたのは、その契約書の裏に走り書きされていた「この土地は供養のため、名義はそのままに」という文字だった。

名義変更が行われなかった理由

つまり、故人の名をそのまま残すことで、供養の一環にしていたということらしい。昔気質の住職らしい考えではあるが、それは法的にはまったく通用しない。 「幽霊名義ってわけですね」とサトウさんがぼそっと言った。確かに、名前だけがこの世に残された存在という意味では、的確な表現だった。

サトウさんの推理が動き出す

過去帳と登記簿の共鳴

過去帳と登記簿、この二つの記録が、ちょうど同じ時期に「タカハシ ケイイチ」を記録していた。だがどちらも、その先の更新が止まっていたのだ。 「誰かが意図的に時を止めたのかもしれませんね」とサトウさんは言った。「タカハシさんが生きていた痕跡を、そこに閉じ込めたんです」 「やれやれ、、、そんなことがまかり通る世界だったのか、昭和ってやつは」私は頭をかきながら、昔のプロ野球カードのように、時代の歪みを感じていた。

名義人の戒名が示す意味

戒名に含まれていた「光山居士」という名は、かつて檀家の寄進者にだけ贈られる特別な戒名だった。つまり、「タカハシ ケイイチ」は寺に深く関わる存在だったのだ。 それならば、寺としても彼の名前を土地に残す理由があったのかもしれない。ただ、それを法的な処理として残すのは、まったく別の話だ。

寺と家系の繋がりを追って

相続放棄と家族の断絶

調査の結果、「タカハシ ケイイチ」の遺族はすでに相続放棄していた。しかも、それは死亡直後にではなく、10年近く経ってからのことだった。 「なにかあったんでしょうね、その間に」サトウさんがつぶやいた。家族間の確執か、それとも供養を巡る何かか。真相は今となっては誰にもわからない。

遺産の裏にある人間関係

かつての住職が、その土地を誰かに渡そうとしていた形跡もあったが、結局それは実行されなかった。それもまた、「名前を残す」ことへの執着だったのかもしれない。 人は死んでも、その名前や思いは登記簿や過去帳に刻まれ、残り続ける。だが、それが正義かどうかはまた別の問題だ。

やれやれ、、、最後のひらめき

消せなかった名と残された想い

最終的に、土地は寺の名義として登記変更されることになった。だが、過去帳には「タカハシ ケイイチ」の名前が残されたままだ。 私は封筒を返し、住職に静かに言った。「この名を消す必要はありません。ただし、これからは正しく記録してください」 住職は深く頭を下げた。私は肩の力を抜き、帰り道でつぶやいた。「やれやれ、、、幽霊と登記の両方と付き合う羽目になるとはな」

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓