登記簿に消えた相続人

登記簿に消えた相続人

奇妙な相談者の訪問

亡くなった叔父と空き家の謎

ある秋の午後、どんよりとした空模様のなか、事務所のドアが重く軋んで開いた。現れたのは、やや神経質そうな中年男性だった。 「叔父が亡くなったんですが、その家がどうもおかしくて…」と彼は切り出した。 空き家になって七年、しかし名義が変わっていたというのだ。

なぜか存在しない相続人

登記簿を確認すると、確かに数年前に名義変更がされていた。しかし、その相続人の名前がどうにも見覚えがない。 「親族会議でも聞いたことのない名前です」と依頼人が言う。 一体、誰がこの物件を相続したのか。存在しない人物の名前が公的記録に載っているとは、穏やかじゃない。

登記簿の矛盾

消えたはずの名義変更記録

さらに調査を進めると、法務局に保存されている書類に一部空白があることに気づいた。 「いや、これは普通じゃないですよ」と私はつぶやく。 提出された書類に添付されたはずの印鑑証明が欠けていた。

過去の登記から読み取れる違和感

数年前の登記簿の履歴を遡ると、なぜか一度別の人物に名義が移り、すぐに今回の名義に変わっていた。 まるで何かを隠すように、手際よく操作された痕跡があった。 いわば“登記版のマジックショー”である。

サトウさんの冷静な指摘

古い筆跡と偽造の可能性

「これ、筆跡が一部だけ違います」 書類を睨みつけていたサトウさんが低い声で言った。 「しかも、昭和の時代のボールペンインク。最近のものじゃないですよ」その分析力、相変わらず冷たいが鋭い。

サザエさんの家より複雑な家系図

「相続人がこんなに複雑なのも珍しいですね。波平さんの親戚並みにややこしい」 サトウさんの呟きに思わず吹き出しそうになった。 養子縁組、婚外子、異父兄弟…登記簿はまるで昼ドラの脚本みたいだった。

隣人の証言と空白の時間

最後に姿を見たのは七年前

隣人の老婦人に話を聞くと、「最後に見たのはちょうど七年前の盆過ぎだったかねぇ」とのこと。 その頃に相続手続きが進んでいたはずだが、当の本人は既に姿を消していたことになる。 時間のギャップが、事件の核心を物語っている気がした。

郵便受けに残された謎の封筒

空き家の郵便受けには埃まみれの封筒がひとつ。差出人のない中には、相続放棄申述書のコピーと見られる紙。 ただし、印影が擦れていて正式な書類とは言えない。 誰が、何のためにこんなものを残したのか。

司法書士としての疑念

成年後見と不正利用の匂い

ふと、ある可能性が脳裏をかすめた。 「まさか、後見人制度を悪用したんじゃ…」とつぶやく。 もし被後見人の名前を使って登記を操作したのだとしたら、これはれっきとした犯罪だ。

登記申請書の筆跡とズレ

再度、申請書を拡大コピーして照合する。筆跡が途中から変化しているのは明らかだった。 「やれやれ、、、こんな悪質な偽造、昭和の探偵漫画でももう少し手口がましだよ」 私は頭をかきむしりながら、次の一手を考える。

意外な人物の登場

遠縁の青年の証言

そこへ現れたのは、依頼人の遠縁だという青年だった。 「実は、あの家を相続したとウソをつかれたことがあるんです」と口を開いた。 どうやら詐欺まがいの話に巻き込まれていたようだった。

過去の養子縁組に潜む影

調査を進めると、数十年前の養子縁組が鍵を握っていることが分かった。 名義変更された人物は、養子として戸籍に一時入った後、縁組を解消されていた。 その名前が使われたということは、相当な内部情報を持つ者の仕業だ。

決定的な証拠の発見

司法書士会に残された相談記録

私は司法書士会の資料室に出向き、過去の相談記録を調べた。 すると、五年前にその名義人とされる人物の名前で奇妙な相談が記録されていた。 「失踪者の財産をどう扱うべきか」という相談だった。

封印されていた登記済証

家屋の押入れに隠されていた封筒の中から、封印されたままの登記済証が出てきた。 それは、最初に登記が移された別人の名義だった。 つまり、移転は一度も正式に完了していなかったという証拠だ。

事件の真相

架空の相続人と背後にいた人物

相続人は存在しなかった。全ては隣人の老婦人が、死んだ夫名義で財産を処分するために仕組んだ偽装だった。 彼女は亡き夫の遠縁を装って登記を操作していたのだ。 その目的は、不正な土地売却による利益だった。

動機は地価高騰による売却利益

その地域では再開発が始まり、地価が上昇していた。 老婦人は、自身の生活のため、そしてかつての借金返済のために偽装を思いついた。 だが、やり方は完全にアウト。正義は登記簿に書かれているのだ。

サトウさんの冷たい一言

「まあまあ活躍したじゃないですか」

「今回、うっかりが少なかったですね」と言いつつ、サトウさんはお茶を差し出した。 「ま、まあな……」と私は照れ臭く返す。 「一応、司法書士のメンツは保てたかな」

やれやれと思いながら事務所へ

今日もまた謎がひとつ消えた

夕焼けの中、私は事務所の階段を登る。 疲れたが、不思議と心地よい。事件は解決し、依頼人の不安も晴れた。 「やれやれ、、、明日は普通の登記相談だけだといいんだが」そうつぶやいて、私は静かに扉を閉めた。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓