登記簿に眠る初恋

登記簿に眠る初恋

登記簿に眠る初恋

朝の珈琲と奇妙な依頼

「シンドウ先生、依頼者が来ています」 サトウさんの無機質な声に、朝の一杯を喉に押し込んで立ち上がる。 顔を上げると、そこにはどこか見覚えのある女性が立っていた。

サトウさんの冷たい視線

依頼内容は謄本の取得。それ自体は日常業務の一環だが、依頼者の名字が引っかかった。 「気のせいだといいんですが」とつぶやくと、サトウさんが鋭い目で睨んできた。 「私語は控えてください、先生」といつもの塩対応である。

古い謄本が語る違和感

届いた謄本の登記簿は昭和の香りがした。筆書きで記載された所有者名。 そこには「山口さくら」の文字。まさか、とは思う。 あのとき手紙を渡せなかった、野球部最後の夏の記憶がよみがえる。

名義人の名前に既視感

「この名義人、ご存知ですか?」とサトウさんに聞かれる。 「いや、まあ……ちょっとな」と曖昧に笑ってごまかした。 実は高校時代の初恋の相手だったとは口が裂けても言えない。

調査開始はいつも愚痴から

「なんで俺がこんな案件を……やれやれ、、、」と独りごちる。 けれど、サトウさんのタイプはそんな愚痴もスルーする堅実派。 仕方なく登記簿の変遷を調べ始めた。すると、奇妙な空白が見つかる。

元カノの父と知らされた日

近隣住人にヒアリングをすると、「ああ、山口さん? 娘さんが司法書士に相談してたよ」 娘さん——さくらのことか? 嫌な予感が胸をよぎる。 俺はこの案件で、過去と再会する羽目になりそうだった。

空白の登記期間に潜む真実

登記の記録には妙な空白があり、相続も所有権移転も行われていない。 しかし、実際の使用者は別人だった。これは——名義借りか? 手続きの抜け穴をついた典型的な登記の偽装だった。

遺産か恋か動機を探る

動機は金か、それとも何か情のようなものか。 依頼者がさくら本人だと確信した俺は、彼女の真意を探るため再び面談を申し込む。 「あのとき、手紙をくれたら私は断らなかったわよ」彼女は笑った。

旧同級生との再会

サザエさんの再放送みたいに、思い出は突然流れ出す。 三つ編み姿のさくらと、白球を追いかけていたあの夏。 あれから数十年、俺たちはようやく少しだけ話せるようになっていた。

司法書士の推理と挫折

「つまりあなたは、父の名義をあえて残しておいた。登記を止めていたんですね」 さくらは静かにうなずいた。「父が生きていた証を、記録に残したかったの」 法的には通らないが、人の心には響いた。俺の推理は空振りだった。

サトウさんの一言で状況一変

「でも先生、これ贈与税回避の意図があるとすれば問題ですよ」 そう、それだ。その視点が抜けていた。さくらの行動には確かに裏があった。 俺は再び、書類と向き合った。やれやれ、、、ここからが本番か。

書類の端に残されたメッセージ

最後に渡された書類の端には、小さな文字で「ありがとう」と書かれていた。 あの夏、言えなかった言葉が、ようやく届いたような気がした。 司法書士も、たまには心で読む必要があるらしい。

恋と嘘の終着点

登記は整理され、法的問題もクリアされた。 さくらとはそれっきりになったが、俺の中の何かは変わった。 書類の山の中にも、人の思いは潜んでいるものだ。

やれやれまた一つ片付いたか

事務所に戻ると、サトウさんが無言で書類の束を差し出した。 「もう少し恋愛スキルも更新されたらどうです?」と呟いて笑った(気がした)。 やれやれ、、、これだから司法書士はやめられない。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓