謎は一通の登記簿から始まった
見知らぬ依頼人と謎の家屋番号
「この登記簿、なんかおかしいです」——そう言って書類を机の上に置いたのは、サトウさんだった。
普段は冷静で事務的な彼女が、珍しく声にトゲを含ませていた。
確かに、申請者の氏名も住所も正しく記載されていたが、添付された図面と実際の地番が一致していなかった。
司法書士事務所に届いた奇妙な委任状
その委任状には、謄本上の住所と一致しない地番が書かれていた。
私が「ま、よくある間違いだろ」と笑いながら言うと、サトウさんは鋭くにらんできた。
「登記をナメないでください。これは意図的です」——さすがにこの時、背筋が少しだけ寒くなった。
被害者は密室で発見された
登記申請の翌日に起こった死
申請日から一夜明けた朝、テレビのニュースにあの家が映った。
「密室殺人です」とアナウンサーが言ったとき、コーヒーを口に含んだ私はむせてしまった。
申請されたばかりのその家で、一人の男性が内側から鍵のかかった部屋で亡くなっていたという。
施錠された部屋と空白の居住者欄
登記簿を再確認すると、居住者情報が空欄のままだった。
「未登記のまま住んでた可能性もありますね」と言いかけた私に、サトウさんはまたもバッサリと切り捨てた。
「だったら、なぜいま申請したんですか。何かを隠すためでしょう?」
サトウさんの冷静なツッコミ
見落とされた地番の違和感
現地調査に出向いたサトウさんが、地図を指差して言った。
「申請された地番はこっち。でも、被害者がいたのは隣の家」
私は慌てて地番を二度見した。「うっかり」では済まされない違いだった。
固定資産評価証明書に残されたヒント
サトウさんは机の上に積まれた書類の山から、1枚を抜き出して見せた。
「評価証明書が、登記簿と一致してないんです。建物の構造も階数も違う」
つまり、登記された家と実際に使われている家が別だったというわけだ。
容疑者は依頼人だけじゃなかった
隣地所有者の証言と不在証明
隣人の老婆は「最近、若い男がよく出入りしていた」と証言した。
しかし、その男は被害者ではなかった。依頼人とも一致しない。
調査の結果、依頼人は数年前に死亡していたことが判明する。まるでサザエさんのタマのように話があちこち飛び跳ねた。
嘘をついたのは誰か 登記簿が語る真実
登記簿の記録は正直だ。筆跡の比較で委任状の偽造が明らかになった。
「やれやれ、、、」と私はため息をついた。まさか死人の名義で密室を作るとは、どこの怪盗キッドだ。
でもその犯人像が、少しずつ形になっていくのは、司法書士ならではの快感だった。
シンドウのうっかりと小さな手がかり
申請日と死亡推定時刻の矛盾
死亡推定時刻は申請の二時間後だった。
「つまり、殺された後に書類を出すなんて無理なわけだ」
私がうっかり逆に考えていたことに、サトウさんは「ようやく気づきましたか」と呆れ顔を向けた。
訂正印の位置とその意味
申請書の訂正印が、なぜか委任者の欄の外に押されていた。
「これ、誰が訂正したんでしょう?」とサトウさん。
司法書士の職業柄、訂正印の位置の不自然さにはすぐ気づいた。これは、第三者の手による改ざんだった。
密室のトリックと登記簿の関係
表題部の修正と仮登記のカラクリ
仮登記で抑えた建物を、実体とは別の家にすり替えるトリック。
そうすることで、被害者が住んでいた家を無関係な物件に見せかけることができた。
不動産を舞台にした完璧な密室——だが、それも登記簿の精査で崩れた。
密室を作ったのは誰か なぜか
密室を作ったのは、依頼人を装って登記を操作した人物だった。
目的は、被害者の相続予定地を自分のものにするため。
だが、仮登記で逃げ切ろうとしたその意図も、司法書士の目は誤魔化せなかった。
決定的証拠は紙一枚の申請書副本
所有権移転の裏に潜む偽装
副本の紙質が本物と違っていた。スキャナで印刷された偽物だった。
それが決め手となり、偽装が確定する。
「おかしいと思ったんだよね、ちょっとだけフォントが違ったから」と自慢げに言ってみたが、サトウさんには鼻で笑われた。
事件の黒幕とその動機
家族を守ろうとした虚偽の証明
黒幕は被害者の弟。家族に残された唯一の財産を守るため、兄を装い登記を偽装した。
だがその過程で、兄と口論になり、事故的に殺してしまったのだという。
密室は計画ではなく、パニックの産物だった。
最後に浮かび上がった相続放棄
なんとも皮肉な話だが、被害者はすでに相続放棄の意思を示していた。
その証拠が、事務所に置き忘れられた一通の封筒から見つかった。
それを知った弟は、崩れ落ちるように泣き出した。
真相解明と司法書士の矜持
サトウさんの一言で決まった推理
「証明は紙より記憶が強いんです。けれど、紙は嘘を見抜くんです」
登記簿に記された事実は、どんな嘘も包み隠さず残していた。
私たち司法書士の武器は、この紙一枚にある。
だから私は登記簿が好きなんですよ
ふと、サトウさんが呟いた。
「登記簿って、まるで推理小説みたいですね」
私はそれを聞いて、少しだけ嬉しくなった。
事件のあとで
書類の山と終わらない日常
事件が解決しても、日常は変わらない。
今日も山のような書類に囲まれて、私はうっかりハンコを押し間違えた。
「やれやれ、、、」と呟くと、サトウさんの無言の視線が刺さった。
それでも依頼人は今日もやってくる
人の数だけ、物語がある。土地と建物と、そして人生がある。
「司法書士って、けっこうドラマありますね」と誰かが言った。
私たちは今日もまた、新しいドラマを登記簿の中に見つけることになる。