登記簿が導く沈黙の家

登記簿が導く沈黙の家

朝の電話は静寂を破った

「すみません、急ぎで名義変更の相談をしたいんですが……」
朝イチ、事務所の電話が鳴った。声の主は男性で、どこか怯えているようでもあり、やけに急いでいるようでもあった。
その一言で、この日がいつもの退屈な書類地獄にならないと察した。

一本の相続相談から始まった奇妙な依頼

相続登記の依頼は珍しくない。ただ、今回の相談は妙に違和感があった。
「相続人が一人で、遺言書もある。すぐにでも登記をお願いしたい」と言われたのだが、話の辻褄がどこか合わない。
依頼人の声が終始震えていたのも、気になった。

サトウさんの不機嫌な朝の挨拶が意味するもの

「また妙な案件ですね。朝から変なの引きましたね」
サトウさんの塩対応はいつもどおりだが、その言葉には含みがあった。
彼女が直感で「おかしい」と言うときは、たいがい本当におかしいのだ。

古びた家と消えた住人

依頼された物件は、町外れの山沿いにある一軒家だった。
築40年は優に超えていそうな家屋で、外壁はすでに苔むしていた。
誰かが住んでいた気配は薄く、郵便受けには数年前の日付のチラシが詰まっていた。

登記簿に残るのは誰の名前だったのか

登記簿謄本には「マスダカズオ」の名があった。今回の依頼人もマスダを名乗っている。
しかし、不思議なことに依頼人は「父の名義です」と言う一方で、その父親の死亡届は未提出とのことだった。
「やれやれ、、、」と心の中で呟きながら、私は手帳を開いた。

近隣住民が語る五年前の火事の記憶

近所の住人に話を聞くと、五年前にこの家で火事があったらしい。
「中の人間は焼けて身元不明だったって話ですよ」
火災後に誰も住まなくなった家。だが登記は変更されていない。その矛盾が意味するものとは——。

遺産をめぐる不審な動き

依頼人は、とにかく急いでいた。今日中にでも書類を整えて申請したいと息巻く。
だが提出された戸籍を確認すると、不自然な点がいくつもあった。
故人の続柄が空欄のままだったり、改製原戸籍がないなど、粗が目立った。

名義変更を急ぐ依頼人の違和感

私はあえて話を引き伸ばし、「念のため他の資料も見せてください」と促した。
依頼人は露骨に嫌な顔をしたが、やがて観念したように一冊のファイルを差し出した。
中にはスキャンされた謄本、戸籍、そして謎の手書きのメモがあった。

遺言書に記された別人の名前

「遺言書があるって言ってましたよね」
差し出された文書を確認すると、そこには別の名があった。「マスダキヨミ」——女性の名前だ。
しかも彼女は、五年前の火災で死亡が疑われた人物と一致する。

シンドウが感じた小さな違和感

案件が進むほど、ひとつひとつの齟齬が浮き彫りになる。
私は気づいた。登記簿の所有者名にだけ、変なスペースが入っていたのだ。
普通なら見落とすような違和感。しかし、司法書士の目はごまかせない。

古い謄本にだけ残された一行の文字

法務局で古い登記簿を取り寄せて見ると、そこには「仮登記」の記載があった。
それがなぜ今は抹消されているのか。
誰が、いつ、なぜ、わざわざ仮登記を消したのか——調べる価値がある。

見慣れた書式に潜む不自然な改行

ワープロ打ちの登記申請書に、不自然な改行とフォントの混在があった。
おそらく過去の文書を加工したものだ。
まるで誰かが「元の文書に別の意味を持たせようとした」ような意図を感じた。

真相に迫る静かな追跡

私は改めて依頼人に問いただした。「あなたは、本当にマスダカズオの息子ですか?」
その瞬間、依頼人は目を伏せ、沈黙した。
サザエさんの中島が言い訳するときのような態度だった。

登記簿が示す不在者の影

調べれば調べるほど、火事で亡くなったのは「父」ではなく「母」である可能性が濃厚になった。
そして「父」は、その直後に家を出たまま、行方不明のままだった。
登記簿はそのことを、黙って証明していた。

シンドウが気づいた登記のからくり

結局、依頼人は他人の財産を自分のものにしようとしていた。
登記簿の仮抹消を利用して、母親名義を父名義に見せかけた上で、相続を偽装したのだ。
「まるで金田一のトリックじゃないか……」私は自嘲気味に呟いた。

やれやれの先にあった結末

依頼人は法務局からの問い合わせに耐えきれず、自白した。
「父が失踪したのは、自分が家に火をつけたからだと思う」と涙ながらに語ったという。
やれやれ、、、こういう結末を望んでいたわけじゃないんだが。

後日談と沈黙の家の行方

その後、家は市によって公売にかけられた。
名義はまだ未確定のままだが、今度こそ正しく整理される予定だ。
「こんなことばかりじゃ疲れますよね」サトウさんはコーヒーを淹れながら、ぽつりとつぶやいた。

サトウさんの「まあまあ」の評価

「今回はよくやったんじゃないですか。珍しく」
それが彼女なりの最高の褒め言葉だと、私はわかっている。
私はうなずき、伸びをして、今日も山積みの書類に向かった。

シンドウの今日の昼ごはんはカップ焼きそば

その日のお昼は、例によってカップ焼きそば。
だが、なぜか少しうまく感じた。
味ではなく、やりきった後の余韻がスパイスになったのかもしれない。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓