登記簿が語る失踪の真相

登記簿が語る失踪の真相

はじまりは一本の電話から

昼下がりの事務所に鳴り響く電話の音は、いつもと変わらない日常の中にぽっかりと穴を開けた。 「兄が突然いなくなったんです。手がかりは、家の登記簿だけで……」と、か細い声の女性が告げた。 受話器を置いた瞬間、面倒ごとの予感に胃がキリキリと痛んだのは、いつものことだ。

突然の依頼人

依頼人は小柄で痩せた女性だった。黒いジャケットを着ており、神経質そうな目つきが印象的だった。 「兄はひと月前、急に家を出て、それきりです。なぜか土地の名義が、兄のものではないようなんです」 登記簿が鍵を握るなら、司法書士の出番ということか……。

不穏な口調と消えた兄

兄は元々几帳面で、引っ越しや転居の連絡は欠かさない人だったという。 それが今回、会社も辞め、携帯も解約し、まるで「姿を消す」ようにして失踪したという。 なにかある。これは単なる家出ではない——直感がそう告げていた。

登記簿の中の矛盾

事務所に戻り、すぐに登記簿謄本を取り寄せた。依頼された不動産は、旧市街地の一角にある古びた住宅だ。 登記上の所有者は、なんと10年前に亡くなっているはずの人物だった。 「これは……更新されてない? いや、何か変だ」声が漏れた。

所有者欄に浮かぶ違和感

死亡後の相続登記がされていないならまだしも、相続人として依頼人の兄の名前がない。 それどころか、存在すら消されているかのように、不自然な空白がある。 いかにも、誰かがわざと情報を隠したような……作為的な沈黙を感じた。

時系列の隙間

登記の履歴を辿ると、数年前に一度だけ「住所変更」の記録があった。 だが、その住所は存在しない——少なくとも、市の台帳には載っていない。 「宙に浮いた住所」で登記を通すなど、ちょっとしたトリック漫画のような話だった。

サトウさんの冷静な分析

「あのですね、シンドウさん。これ、たぶん筆界確認で相続人を一時的に伏せてますね」 背後からサトウさんが冷ややかに言う。いつの間にか、私の肩越しに登記簿を覗いていたらしい。 「筆界確認書と一緒に、市役所の保存文書も調べましょう。たぶん、何か出てきます」

司法書士事務所の探偵役

私は彼女の鋭さに舌を巻きながらも、内心ちょっとだけ誇らしかった。 塩対応だが、仕事ぶりは本物だ。 ああ、サザエさんでいえば、波平の代わりにタラちゃんが冷静に状況をまとめてくれるような感じだ。

ひとつの登記原因に潜む謎

「これ、いわゆる第三者名義を利用した占有保持ですね。名義貸しかな」 サトウさんが見せた書類には、過去に名義を売り渡していた形跡があった。 その人物が、依頼人の兄と繋がっていたとすれば——ただの失踪ではなく、逃避だ。

現地調査で見えたもの

住宅街の奥、雑草が伸び放題の小道を抜けた先に、その家はあった。 壁は崩れかけ、窓には新聞紙が貼られていた。だが——灯りがついていた。 「誰か、住んでる?」私たちは息を潜め、玄関に近づいた。

誰も住んでいないはずの家

ドアは開いていた。中からは生活音——湯が沸く音、テレビの音声、そして……誰かの鼻歌。 これはただの失踪じゃない。本人はここに戻ってきている。 だが、なぜ名義を偽り、住所を偽装してまで?

隣人の証言と奇妙な生活音

隣人の老婆が言う。「ああ、若い男の人? 最近また戻ってきたみたいでねぇ」 老婆は笑いながらも、どこか違和感を覚えているようだった。 「でもねえ……誰かと一緒にいるのかもしれないよ。夜中に話し声がするんだもの」

元野球部の勘が騒ぐ

その夜、私は一人で物件を見張ることにした。 膝にブランケット、手には双眼鏡。なにやってんだか、と自嘲しながらも目は冴えていた。 やれやれ、、、まるでホームズ気取りだなと呟いた。

ピンときた直感の正体

明かりが消えた。ドアがそっと開く。男が出てくる——その顔は、依頼人が持ってきた写真の兄だった。 だが、彼は隣の家に入っていく。なぜ? 隣には老婆しかいないはず。 そして、次の瞬間、もう一人の男が現れた。全く同じ顔をした男が——。

うっかりが導いた手がかり

翌朝、私は間違えて別の登記簿を取り寄せてしまった。 だが、それが幸運だった。そこに「双子の兄弟」として記載された古い戸籍が見つかったのだ。 登記簿の記載漏れ。うっかりも、時には事件を解く鍵になる。

誰が書類を動かしたのか

兄の正体は「弟」だった。失踪したのは本当はもう一人の兄。 戸籍を利用して、名義を入れ替え、債務から逃れようとしていたのだ。 だが、それを知った弟が入れ替わり、家を守ろうとしていた。

偽装された住所変更

第三者を装った名義変更には、司法書士の押印もあった。 不正使用だ。古い印鑑証明が悪用されたと見られる。 依頼人の兄弟は、それを見抜いて潜伏していた。

登記情報と不動産屋の証言の食い違い

不動産屋は言った。「この家、売却予定だったのに急にキャンセルされたんですよ」 誰かが売却を止めた——それが弟だった。 彼は最後まで家を守ろうとしていたのだ。

サトウさんの推理と証明

「つまり、名義は死んだ兄のままにしておいて、債権者から隠していたんですね」 サトウさんの推理は、すでに警察に通報した後だった。 私はというと、あっけに取られて彼女の後ろ姿を見送った。

塩対応の鋭いひとこと

「ちゃんと登記簿見れば、最初からわかりましたよ」 サトウさんはコーヒーを一口すすってそう言った。 「シンドウさん、やれやれ、ですね」……ぐぅの音も出ない。

書類の端に残された小さな証拠

最終的に決定打となったのは、古い登記簿の端にあった手書きの修正跡だった。 訂正印は押されていなかったが、筆跡から偽装がバレた。 まさに、書類は語る——すべての真相を。

失踪の真実

兄は本当に失踪していた。だが、それは罪をかぶるための行動だった。 弟を守るために、自分を消したのだ。 家族の愛情と、登記の裏の人間ドラマ——それがこの事件の核心だった。

兄はなぜ姿を消したのか

借金に苦しみ、詐欺まがいの方法で家を守ろうとした兄。 だが、最後は正義感から逃げることを選んだ。 逃げることもまた、守ることだったのかもしれない。

家族に隠していた借金の影

母の治療費、倒産した会社、保証人としての責任。 それらすべてが兄を追い詰め、弟を巻き込んだ。 だが、彼らの名義の間に揺れ動く「家族の意志」が、最後には真実を明かしてくれた。

やれやれ事件解決のはずが

報告書を作成し、関係各所へ連絡し終えたときには、日が傾いていた。 私のデスクの上には、散らかった書類と、半分残ったコーヒー。 やれやれ、、、また書類整理か。

書類整理に追われる日常

「シンドウさん、これ、全部記録残してくださいね。あと今日のタイムカード押してません」 サトウさんは帰り支度をしながら、冷たくそう言った。 「は、はい……」情けない返事しか出なかった。

サトウさんの呆れ顔

「事件は解決したけど、シンドウさんのうっかりは未解決ですね」 にやりとも笑わず、淡々と背を向けるサトウさん。 私はといえば、机に頭を突っ伏して、小さくため息をついた。

結末と静かな午後

ようやくすべてが片付き、静かな午後が戻ってきた。 だが、頭の中ではまた新たな謎が生まれつつあった。 世の中、まだまだ登記簿には語らせなければならないことがあるようだ。

シンドウの反省といつもの独り言

「もっと早く気づけば……いや、でもサトウさんがいなきゃ詰んでたな」 独り言をつぶやきながら、事務所の窓を開けた。 風がカーテンを揺らし、少しだけ気持ちを和らげた。

そしてまた次の事件へ

次の瞬間、電話が鳴る。「すみません、家の名義がおかしくて……」 「……はい、司法書士のシンドウです」ため息まじりに応答する。 やれやれ、、、どうやら平穏は今日も長くは続かない。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓