地面の境界は図面でわかる、でも人との距離は測れない
土地の境界って、図面を見て測量すれば基本的には決まりますよね。杭を打てば「ここが線ですよ」と物理的に示せる。でも人間関係ってそうはいきません。こっちは「これ以上は踏み込まないでほしい」と思ってても、相手にとっては普通の距離感だったりする。私は司法書士として、何度も「隣地トラブル」の現場を見てきましたが、いつも思うのは、問題の本質は「境界線そのもの」ではなく「人との関係の線引き」だということです。
現場で怒鳴られた、あのときの感情は今も消えない
以前、境界確認に立ち会った際、隣地の方が急に声を荒げてきたことがありました。依頼人は冷静でしたが、隣の方は過去のトラブルを思い出したのか、感情が爆発してしまったようでした。「あんたたちは机の上でしか考えてない！」と。私はただ図面をもとに説明しただけ。でもその瞬間、境界線を越えて“感情”の波が襲ってきた。杭の場所よりも、その人の気持ちの境の方がよっぽど不安定だったんです。
書類上は隣接地、でも実際には「隣人トラブル」
境界の調査や確認は、あくまで“法的な手続き”。でも住んでいる人同士の関係はもっと感情的で複雑です。「あの人、うちの敷地に車停めたことがあるんですよ」とか、「昔は仲良かったんですけどねぇ」とか、司法書士の立場では介入できないエピソードが出てくる。書類では“隣接”だけど、心情的には“対立”。そんな場面を何度も見てきて、「やっぱり人との距離感って難しい」と思わされます。
役所にも測量士にもできないことがある
境界確定に必要な測量や法的手続きは、測量士や司法書士が担います。でも人間関係の修復や、感情の軋轢の解消は、どの資格でもカバーできません。役所に相談しても「それは民間の問題ですね」と言われるのが関の山。制度の限界と人の気持ちの現実。このふたつのズレに、毎回どうしようもない無力感を感じてしまうんです。
「法務」と「気遣い」のあいだで揺れる日々
司法書士の仕事は“登記”や“法律相談”といった事務的な側面が多いと思われがちですが、実は「人との距離の取り方」が何より難しい。書類は完璧でも、言い方ひとつで怒らせてしまったり、逆に優しくしすぎて後々頼られすぎてしまったり。特に地方では“顔見知り”も多いので、気を遣いすぎて疲れてしまう日もあります。
境界確認書よりも先に必要だったもの
あるとき、境界確認書の説明をしていたら、依頼人の奥様がぽつりと「うちって嫌われてるのかしらね」とつぶやいたんです。お隣との会話が少なく、目も合わないとのこと。その瞬間、私は法的な説明よりも、まずは「大丈夫ですよ」と安心させる声かけの方が必要だったと気づきました。法律の話なんて、心が不安なときには届かないんですよね。
正論だけじゃ人は納得してくれない
司法書士の世界では“正確な説明”が求められます。でも、人間相手の仕事はそれだけじゃダメなんです。「登記簿上はこうです」と言っても、「じゃあ納得できました」となるとは限らない。むしろ「そういうことじゃないんだよ」と返されることも多い。正しさより、聞く姿勢や“気持ちを汲む力”の方が求められる場面は案外多いんです。
相手が“いい人”だったら、余計にややこしい
これがまた、相手が優しければ優しいほど厄介です。嫌なことがあっても直接言わないから、こっちが気づけない。「あの人、何も言わなかったから大丈夫ですよ」と安心してたら、後から別のところで「実は不快だった」と言われてゾッとしたことも。“いい人”との線引きは、声の大きい人以上に慎重さが必要です。
事務員さんの機嫌が境界線みたいに気になる
うちの事務所には事務員さんが一人います。助かっているのは確か。でも、たまにその機嫌の変化に気づいてしまうと、境界線をどう保つべきか悩むんです。仕事の話なのか、個人的な感情なのか。線引きがうまくできず、結局こちらも気を遣ってしまい、変に距離ができてしまったりします。
お互いに気を使って疲れてしまう関係
彼女も気を使ってくれてるのはわかるんです。でもそれがまたこちらにも伝わって、どんどん無言の空気が濃くなる。「さっきの言い方、まずかったかな」「いまの一言、怒ってないかな」って気にしてしまう。家族でも友達でもない、でも毎日顔を合わせる関係性って、境界が本当に曖昧なんですよ。
「気を使わなくていいですよ」が一番むずかしい
たまに「そんなに気を使わなくていいですよ」と言ってみるけど、たいていその一言が余計なんですよね。こっちは優しさのつもりでも、相手には「気を使わせてる自覚があるんだな」と伝わってしまう。それから余計に距離ができたりして。結局のところ、“気を使わない関係”って一番難しいんです。
今日の昼ごはんは、沈黙が続いた
昼休みに一緒にご飯を食べることもあります。でも今日は、ずっと沈黙でした。スマホを見てる彼女と、なんとなくテレビに目を向ける自分。別にケンカしたわけじゃない。でも、なんとなく話せない空気がそこにある。これって、境界線の問題ですよね。どっちから踏み込むべきなのか、それともこのまま黙っておくべきなのか、答えは出ません。
自分との境界も曖昧になっていく
人との関係に気を遣ってばかりいると、今度は自分の中の境界も曖昧になっていきます。「これは仕事なのか、それともただの情けか？」「これは親切か、それともただの八方美人か？」と自問する日々。司法書士としての自分、個人としての自分、その線引きもまた曖昧です。
プライベートが仕事に侵食されていく日々
休みの日でも、電話がかかってくると出てしまう。出た後で、「これ、対応する必要あったかな」と後悔することもしばしば。なんでもかんでも引き受けてしまうと、いつの間にか自分の時間がなくなっている。休日のスーパーで依頼人に声をかけられて、笑顔で対応しながら、心の中で少しだけ泣いた日もあります。
休みの日に電話が鳴ると、もう境界は壊れる
「土日でも大丈夫ですか？」と聞かれて、「はい」と答えてしまう自分がいます。断るのが苦手というより、期待に応えたい気持ちもある。でも、そうして受け続けるうちに、休日という境界線がなくなっていきます。もはや“365日稼働の人間”みたいになってきて、心がついていかないこともあります。
「これは仕事か、それとも…ただの性格か」
相手に合わせすぎて、気を使いすぎて、「これって仕事の一部なの？それとも単に自分の性格のせい？」とわからなくなる瞬間があります。誰かの期待に応えたいという気持ちは確かにある。でも、それが自分を苦しめていると気づいても、なかなかやめられない。杭を打つのは簡単でも、自分の心に線を引くのは本当に難しい。
