登記簿謄本の読み方より難しいものがあるなんて
司法書士として登記簿謄本を読むのは日常茶飯事だ。最初は慣れず、数字と文字の羅列に目がチカチカしたものだが、経験を積むにつれて「ここがこうなって、だからこうだ」とロジカルに捉えられるようになる。でも、ある日ふと、婚活アプリを触ってみたとき思った。「なんだこれ…登記簿より難しくないか?」と。書類と違って、相手には感情がある。しかも一度ミスれば修正申請もできない。まるで非公開の登記のように、よくわからないルールと心理戦が張り巡らされていた。
正直 登記簿は慣れれば機械的 でも婚活は…
登記はある種のパズルみたいなものだ。地番、所有権、仮登記…整理すれば筋が見える。でも婚活はそうじゃない。返事が来るか来ないかもわからない。質問の仕方ひとつで印象が変わる。まるで申請書の記載ミスを一発不受理されるような感覚だ。正直、あの不確実性には参った。相手の好みに合っていないだけかもしれないし、自分のどこかが決定的に引っかかったのかもしれない。でもその理由は教えてくれない。法務局のほうがまだ親切に不備を教えてくれる。
書類は間違っても直せるけど
登記にミスがあっても補正で済む。内容を直せばいい。だけど婚活アプリでは、最初のメッセージで「よろしくお願いします」の一言を間違ったトーンで送っただけで、二度と会話が始まらない可能性がある。それを取り戻す方法は、たぶん、ない。書類なら再提出がきく。でも一度スルーされたメッセージは、再提出できないのだ。
人間関係の齟齬はやり直しがきかない
そう思ったとき、書類相手の仕事のありがたみを痛感した。人間相手は、理屈じゃない。気分やタイミングや印象が大きく作用する。もちろん仕事でも人間関係はあるが、登記という仕事そのものには感情が介在しない。その違いに、救いを感じた。書類の世界がどれだけ温かいか、自分でも驚いた。
ある日の昼休み ふと開いた婚活アプリ
きっかけは、本当にささいなことだった。いつものようにコンビニのパンをかじっていた昼休み。事務所の電話も鳴っていなかった。ふとスマホを見たら、広告に「マッチング率93%!」の文字が。なんだか騙される気満々だったが、ワンクリックしてしまった。「司法書士、45歳、独身、元野球部」…プロフィールに書いたそれらが、誰かの目にどう映るのか、不安しかなかった。
事務所の片隅でこっそりプロフィール入力
事務員さんには絶対バレたくないので、こっそりと操作。年収を入れる手が震えた。多すぎても嫌味だし、少なすぎても門前払いか…妙に現実を突きつけられた。年齢や職業を書くたびに、まるで自己紹介書のようで、どんどん気が滅入っていく。これ、楽しいのか…?
写真選びで地味に心が折れる
昔の卒アル、旅行のスナップ、ボールを持った姿…どれも決め手に欠けた。そもそも「見た目重視じゃない」と言ってくれる人がいるなら、それは都市伝説だ。ここでも「提出書類」の大切さを痛感した。でも、登記には顔写真いらないんだよな、と妙に安心した自分がいた。
地方の司法書士にとっての孤独
独身、45歳、地方住まい。この3点セットで日常はけっこう静かだ。事務所と家の往復で1日が終わる。仕事はありがたいことにある。でも人とのつながりは、どんどん減っていく。お客様とは話せても、プライベートな話はできない。友人は家庭を持って忙しそうだし、休日もつい仕事をしてしまう。孤独というより、空白がある感じだ。
仕事終わりは誰とも話さずスーパー直行
夕方、登記の確認を終えてスーパーに寄る。カゴに半額の弁当を入れると、なんとなく今日も終わった気がする。誰かと食べるわけでもない食事を選ぶときのテンションは限りなく低い。レジの人との「袋いりますか?」のやり取りだけが、その日一番の会話だったりする。
書類に囲まれてはいても人には囲まれていない
事務所の机の上には案件が山積みで、忙しさに追われている。でもそれはあくまで“作業”に囲まれているだけで、人に囲まれているわけじゃない。会話は業務連絡ばかり。雑談って、どこへ行ってしまったんだろうか。仕事に追われることで孤独が薄れるという幻想を、最近ようやく手放せた。
職業の肩書きで判断される違和感
婚活で「司法書士」と名乗っても、反応は様々だった。「難しそう」「堅い」「会話が続かなさそう」…そんな印象を持たれているのかもしれない。誰もが知っている職業じゃないという自覚はあるが、それでもやはり、偏見や誤解はつきまとう。
「堅そうですね」と笑われて終わる
ある女性とメッセージが続いたとき、「職業は?」と聞かれて答えたら、「堅そうですね〜笑」と一言返された。その一言でやり取りが終わった。こちらとしては笑いに変えたつもりでも、やっぱり距離は縮まらなかった。堅いのは、肩書きじゃなくて、心なのかもしれない。
じゃあなんで救われたのかという話
結果的に誰かと付き合えたわけではない。でも、婚活アプリを始めたことで「外の世界と繋がっている感覚」が芽生えた。誰かと短い文章でもやり取りすることが、意外にも心の支えになった。登記にばかり囲まれて、忘れていた“人との接点”に救われたのだ。
メッセージのやりとりが逆に癒やしに
「こんばんは」「お仕事お疲れさまです」その一言が、なぜか沁みた。仕事では「申請書出してください」とか「決済日いつですか?」といった言葉しか交わさない日々。婚活アプリの素朴な言葉が、妙に新鮮で、心をほぐしてくれた。
誰かと他愛もないやり取りが嬉しかった
特別な内容じゃなくてもいい。「今日は雨ですね」「うちの猫がソファを占領してます」そんな話題に笑ったり、相づちを打つだけで気持ちが少し軽くなった。司法書士という役割を外れて、ただの一人の人間として話せる時間。それが、自分には必要だった。
同じような司法書士さんへ伝えたいこと
婚活を勧めるつもりはない。でも、外の世界を覗くことは、自分を守ることでもあると伝えたい。書類の世界は確かに安全だ。けれど、自分を閉じ込めてしまう危険もある。だからこそ、少し勇気を出して、自分の“登記されていない部分”をさらけ出してみてもいいと思う。
書類の山に埋もれる前に少し外を見てほしい
仕事は大事だ。でも、それだけじゃ足りないものもある。書類の束に囲まれながらも、心のどこかで誰かとつながっていたい。そんな気持ちがあるなら、ちょっとだけスマホを手にとって、誰かと他愛ない会話をしてみてほしい。
人間関係も仕事と同じく「申請」してみる
勇気を出して声をかけるのも、立派な申請行為。相手に拒否されるかもしれないけど、それでも一歩出す価値はある。書類が受理されるかどうかと同じように、結果を恐れていたら何も始まらない。
登記よりも温かい世界が少しはある
人間関係は登記よりも複雑だけど、うまくいったときは登記完了の通知よりもずっと温かい。それを知れたのが、今回の“失敗だらけの婚活”だった。もし今、疲れていたり、孤独だったりするなら、ちょっとだけ自分を開いてみてください。もしかすると、その先に救いがあるかもしれません。