昔の夢が頭をよぎった日曜日の午後

昔の夢が頭をよぎった日曜日の午後

夢を思い出すのはいつも静かな午後

日曜日の午後、事務所は静まり返っていた。事務員は休みで、自分ひとり。窓の外から差し込む日差しが書類の山を照らしている。ふとテレビをつけると、地方大会の高校野球が映っていた。白球を追いかける高校生たちの姿が、遠い記憶を呼び覚ます。もう20年以上も前のことなのに、あのグラウンドの匂い、土の感触、キャッチャーミットに収まる球の音が、鮮明によみがえった。「ああ、俺もあそこにいたんだよな」と、胸の奥が少しだけきゅっとした。

ふとテレビで流れた野球中継がきっかけで

その日たまたまつけたテレビの中、真剣な眼差しでピッチャーと向き合うキャッチャーの姿に、自分の高校時代がフラッシュバックした。元野球部だった自分にとって、あのシーンは単なるスポーツ中継じゃなかった。まるで昔の自分が画面の中にいて、何かを訴えているような気さえした。普段の業務に追われていたせいか、忘れていた感情だった。だけど、心の奥底にはちゃんと残っていたのだ。「あの時、もう少し頑張れていたら」と、思わず呟いてしまった。

かつてはプロ野球選手を本気で目指していた

小学生の頃からプロ野球選手になるのが夢だった。寝る前にバットを握って素振りし、テレビで名選手のフォームを真似した。高校ではキャッチャーとしてチームを引っ張り、県大会ベスト8にまで進んだ。あの頃は「もしかしたら本当にプロになれるかもしれない」なんて、少し本気で思っていた。大学からスカウトが来たこともあり、周囲も色めき立った。だが、ケガと学力と、そして将来の不安がその夢を静かに遠ざけていった。

背番号10のユニフォームがまぶしかったあの頃

背番号10を背負った最後の夏。甲子園までは届かなかったが、仲間と流した涙も、ベンチから見た夕焼けも、今でもはっきりと覚えている。あの頃の情熱や純粋さは、今の自分にはどれだけ残っているのだろう。登記簿の数字を追いながら、ふと自問する。「今の俺は、あの頃の俺に胸を張れるのか?」と。夢のことを思い出したのは偶然かもしれない。でも、思い出してしまったからには、何か意味があるのだと思いたい。

司法書士になった自分と夢を諦めた自分

夢を諦めたあと、進学と就職の道を模索し、法律の世界に進んだのは「安定した職に就けるから」という理由だった。夢の残像を抱えながら、現実を受け入れる毎日。司法書士としての生活にも慣れ、仕事もこなせるようになった。でも、心のどこかに、あのグラウンドで叫んでいた自分が住み着いているような気がする。その存在が、時折問いかけてくる。「本当にこれでよかったのか?」と。

あの時、就職と安定を選んだ理由

大学2年の頃、現実を見ろという親の言葉に押され、法律の道へと進んだ。野球で食べていけるのは一握り。ましてケガも抱えていた自分が、プロを目指すには無理があった。夢を追うより、親を安心させたい。そんな思いもあった。司法書士の資格を取ったのは、堅実な人生を歩むための手段だった。目標を変えることで、自分を納得させていたのかもしれない。だけど、それは本当に“納得”だったのだろうか。

家族や周囲の「堅実な選択」が心に残っていた

「司法書士なら潰しがきく」「資格さえ取れば一生食える」。そう言われて育ち、自然とその選択が“正解”になっていた。家族も友人も、応援してくれていた。でも、どこかで“自分の選択”じゃないような感覚が拭えなかった。夢を捨てたというより、「夢を後回しにした」まま大人になってしまったのかもしれない。現実的な選択をしてきたつもりだったが、心の奥底には、納得しきれない思いがわだかまっている。

でも誰にも言わなかった「本当はやりたかったこと」

司法書士として働きながら、「もしも」という言葉を何度も心の中で繰り返した。本当はスポーツに関わる仕事がしたかった。指導者でも、記者でも、グラウンドの近くで生きていく道もあったのかもしれない。でも、それを口にすることはなかった。司法書士になった時点で、自分にとっての「夢」は過去のものとしてしまった。だけど、思い出してしまった今となっては、もう一度自分に問い直すしかない。

事務所の中で思い出すもう一人の自分

日々の業務は忙しい。依頼人対応、登記書類の準備、法務局への申請……気づけば1日が終わっている。だけど、ふとした瞬間に浮かぶのは、野球部の仲間の顔だったり、最後の試合の情景だったりする。事務所の中には、その“もう一人の自分”が今も住み着いていて、静かにこちらを見ている気がする。表には出さないけれど、確かに存在している。

登記簿を見つめながら「こんなはずじゃなかった」と思う日

不動産登記のデータを入力しながら、ふと手が止まる瞬間がある。画面に映る数字の羅列をぼんやりと眺めながら、「こんなはずじゃなかった」と、ため息が漏れる日もある。努力して資格を取って、独立して、事務所もなんとか運営している。だけど、それで“幸せ”だと心から言える日が、どれだけあっただろうか。効率や精度ばかり求められる仕事の中で、心は置き去りになっていたのかもしれない。

事務員との雑談にも出てこない“本音”

一人だけ雇っている事務員とは、たまに世間話もする。だけど、自分の昔の夢の話をしたことは一度もない。どうせ笑われるだけだろう。いい年して何言ってんだって。そんな声が頭の中に響いて、言葉が喉の奥で引っかかる。本当のことを言える場所がない。それが一番の孤独かもしれない。だから、こうして文章にして吐き出すしかないのだと思う。

それでも辞められない理由

夢を思い出しても、司法書士を辞めたいとは思わない。正直に言えば、この仕事が嫌いなわけではない。むしろ、責任を持ってやり遂げる感覚や、人の役に立っているという実感は、自分にとって大事なものになっている。ただ、時折揺らぐ心をなだめながら、前に進んでいく日々。それが自分なりの生き方なのだと、ようやく認められるようになってきた気がする。

夢が教えてくれた今の自分の意味

昔の夢はもう叶わない。でも、だからこそ、今の自分をどう生きるかが問われている気がする。夢を持っていたこと、夢を諦めたこと、そのすべてが今の自分をつくっている。ふと頭をよぎった夢が、過去の後悔ではなく、これからの生き方を見直すきっかけになったとしたら、それだけでも意味がある。司法書士として、そして一人の人間として、これからも夢の残像と共に歩いていこうと思う。

司法書士という職業のなかにも確かにある“勝負の瞬間”

仕事の中にも、たしかにあの頃の野球のような“勝負の瞬間”がある。法務局とのやりとり、厳しい期限との戦い、依頼人の期待に応えるプレッシャー。そう考えると、夢を完全に手放したわけではないのかもしれない。形は変わっても、闘志や責任感はちゃんと生きている。そう思えたとき、少しだけ自分を肯定できた。

かつての夢と今の現実はつながっているのかもしれない

夢と現実は別物だと、ずっと思っていた。でも、本当はどこかでつながっているのかもしれない。夢を追いかけた記憶が、いまの誠実な仕事ぶりに影を落としている。逃げなかった自分、投げ出さなかった自分。そういう自分に少しずつ自信が持てるようになった。夢を思い出すことは、過去を嘆くことではなく、今を再確認する作業なのかもしれない。

夢に背中を押されたから今日も仕事をしている

夢は終わったわけじゃない。形を変えて、いまも自分の背中を押している。司法書士として人の人生に関わり、社会の一部として機能している。その責任の重さは、野球のマウンドと変わらない。だから今日も、静かな事務所の中で、自分なりのプレイを続けている。夢は、心の中で、まだちゃんと生きている。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。