人混みを避けるようになった理由に気づいた日

人混みを避けるようになった理由に気づいた日

仕事の合間に思ったこと

昼休み、コンビニまで歩く道でふと気づいた。誰ともすれ違いたくないと感じている自分がいた。以前なら人通りが多い場所も気にせず通っていたのに、今ではわざわざ裏道を選ぶ。そんなふうに感じたのは今日が初めてじゃない。人混みを避けることが当たり前になっていたことに、ようやくはっきりと気づいたのだ。

久しぶりに人混みを歩いてみて

先週の土曜日、久々に繁華街に出かけた。必要な書類を受け取りに法務局の出張所へ向かっただけなのに、すでにぐったり。人の波をかき分けながら歩くことがこんなにも疲れるとは思わなかった。コロナが落ち着いた今、周囲は以前と変わらぬ活気を取り戻しているのに、こちらだけがそのリズムについていけてない。

ただ歩くだけで疲れるようになった

昔は「歩くくらい余裕」と思っていた。けれど、今では一歩進むたびに気力を削られていく感覚。物理的な疲れよりも、人の視線やざわつきが心をすり減らす。司法書士という仕事柄、基本的に静かな空間で集中することが多い。その環境に慣れてしまった今、人の多い場所は「うるさい」と感じてしまう。

昔は渋谷でも平気だったのに

20代の頃、東京の渋谷にいた時期があった。スクランブル交差点の真ん中を人とぶつかりながら渡るのも、なんだか楽しかった。あの頃は人が多い場所が「自分の居場所だ」とさえ思っていた。でも今は、ひとりで書類と向き合っているときの方が、よっぽど安心できる。変わったんじゃなく、戻ったのかもしれない。

人混みが嫌になったのはいつからか

思い返せば、コロナ禍で外出を控えるようになった頃から、人混みを避けるようになった。けれど、それだけが原因ではないような気がする。おそらく、自分の生活スタイルや心の在り方が徐々に変わっていったのだと思う。司法書士としての働き方も、その一因かもしれない。

コロナだけが理由じゃない

確かにマスクやソーシャルディスタンスの習慣は、人との距離感に大きく影響した。でもそれ以上に、静かな時間に慣れてしまった自分がいる。必要最小限の人間関係で生きることが、思いのほか快適だった。無理して社交的であろうとしない日々。それがいつの間にか自分に合っていたことに、気づいてしまった。

一人で過ごす時間の心地よさ

昼下がりの事務所、書類の山に囲まれてコーヒーを飲む。誰にも話しかけられず、電話も鳴らない数分間が、最近の癒やしの時間だ。学生時代の自分なら「退屈」と言っていたかもしれない。でも今は、この静けさが必要だ。人混みに戻れないのは、今のこの“心地よさ”を手放したくないからかもしれない。

自営業の孤独と快適さ

地方で司法書士事務所を営んでいると、人と関わるようでいて、実際は驚くほど一人だ。依頼人と会話する時間以外、基本は無言の世界。電話の音さえも邪魔に感じる日がある。この孤独が辛いときもあるが、同時に妙な安定感も与えてくれるのだ。

人と関わらない日々の現実

事務員は一人、あとは自分だけ。誰かに相談する暇もなく、すべてを自分で決める。面倒だけど、もう慣れた。この空気に。昼休みも誰かと食べに行くことはない。会話のない昼食。それが日常になって久しい。こんな生活に染まってしまえば、人混みの中で「他人に合わせること」がもはや不自然に思えてくる。

電話と書類が相棒になった

かかってくる電話と、机の上にある大量の登記簿謄本。それが今の自分の世界。昔は「人と話す仕事がしたい」と思っていたのに、今では電話口でのやり取りすら億劫になってきた。だからこそ、直接顔を合わせないで済む郵送やオンライン申請がありがたい。誰かに会わないことが、日々の安定に直結している。

頼れるのは自分と事務員だけ

地方で事務所を運営していると、何でも自分でやらなければならない。信頼できる人間がそばにいてくれることは本当に大きい。でもその一人の事務員が休むと、全部一人。そんな日は、書類の山がやたらと重く感じる。人混みを避けるようになった今、信頼できる「少人数」との関係がどれだけ大事か、痛感している。

それでも事務所のドアは開けている

人との関わりを減らしたいと思いながらも、事務所のドアは常に開けている。不思議なもので、誰かが来てくれることを、どこかで期待している自分がいる。面倒だと思いながらも、人の声に少しホッとしてしまうのは、まだ完全に孤独を受け入れきれていない証拠だろう。

人を避けたい気持ちと矛盾する看板

看板を出して、ホームページも更新して、依頼が来れば対応する。でも本音を言えば、静かな日が続いてほしいと思うこともある。この矛盾に気づいて、自分でも苦笑することがある。人に疲れるくせに、人を求める。それがたぶん、自営業者としての性なのだと思う。

誰か来ないかと少し期待している自分

玄関のチャイムが鳴ると、一瞬ドキッとする。面倒くさい気持ちが先に立つけれど、玄関を開けたときのあの一瞬の空気の変化が、少しだけ嬉しかったりもする。自分でも矛盾しているとは思うけれど、完全な孤独はやっぱりまだ怖いのかもしれない。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。