彼女じゃなくて登記簿と待ち合わせ

彼女じゃなくて登記簿と待ち合わせ

彼女じゃなくて登記簿と待ち合わせ

土曜日の午前九時 法務局は開いている

誰かと過ごす週末なんて、もう何年も前の話だ。いまや土曜日といえば、真っ先に思い浮かぶのは「法務局、今日開いてたよな?」という確認。恋人とのモーニングどころか、車を飛ばして向かうのは登記相談窓口。こんな人生を想像してただろうか、25歳の自分に聞いてみたい。法務局の建物の前で、ひとりコーヒーを飲みながら待っていると、誰かとの待ち合わせのようにも見えるだろう。だが実際は、待っているのは窓口の開放時間と、ついでに少しの寂しさだ。

約束のない週末にある唯一の予定

多くの人が「週末何しようか」と楽しみにしているのに対して、私は「登記申請、今日中に間に合うかな」が最優先だ。遊びの予定も、映画のチケットも、飲み会の誘いもない。ただ、お客さんの急ぎの依頼と、それに応えるための提出書類を抱えて法務局へ向かう。ふと周囲を見渡せば、スーツ姿の自分が場違いにも見えてくる。でも、自分にとっては大切な“役割”だと思い直すことで、どうにか気持ちを保っている。

法務局の窓口番号がLINEより優先される朝

朝起きてスマホを手にする。通知は0件。LINEは静まり返っていて、せいぜいメルマガか実家からの「元気か?」の一言だけ。それでも通知音が鳴るより先に、私は法務局の番号札を気にしている。早めに行けば、少しは空いているかもしれない。まるで人気のレストランの予約を取るかのような気持ちで、窓口番号を確保する。だが、その予約の先にあるのは登記簿と印鑑証明、そしてため息だけだ。

誰にもバレずに恋が終わるような静けさ

何かが静かに終わっていく感覚というのは、誰にも気づかれない恋の終わりと似ている。昔ちょっといい感じだった女性がいた。だが忙しさを理由に何度か会えずにいたら、彼女は別の誰かと結ばれていた。誰にも告げなかった分、痛みは静かだった。その静けさに似たものを、法務局の帰り道に感じる。提出が完了して、何の問題もなかったことに安堵するはずなのに、胸のどこかが空っぽのままだ。

恋愛と登記簿の共通点は「確認が必要」

恋も登記も、結局「ちゃんと確認すること」がすべてだ。思い込みや勘違いで進めてしまえば、後でトラブルになる。相手の状況を知ろうとせずに動けば、痛い目を見る。登記の際に必要な添付書類を確認し忘れていた経験は数え切れない。それと同じように、相手の気持ちを見誤ったことも、いくつかあったように思う。丁寧に、慎重に、そうやって築いていくしかないのは、仕事も人間関係も同じだ。

気になる相手は恋人ではなく地番と家屋番号

電話口で「この住所なんですけど…」と聞かれるたび、すぐに法務局の地図を開いて確認するクセがついた。だがふと我に返る。「俺、何やってるんだろう」と。恋愛相手の連絡先を調べるより先に、地番と家屋番号の確認に心を奪われている。だが、それが私の“今”なのだ。事務所に戻って、その情報をもとに申請書類を作成していると、恋人とのやり取りよりも濃密な時間を過ごしているような気さえする。

相手の事情を探るスキルが恋愛にも活かせれば

所有権の履歴を見て「ああ、こういう背景があったのか」と察する力。それが人間相手にも通用すればどれほど楽だろう。相手が何を考えているのか、どこに引っかかっているのか、法的には文書から読み解けても、恋愛ではまったく通用しない。女性の沈黙が意味するものが、いまだにわからない。登記事項証明書のように「全部載っていてくれたらいいのに」と思うこともある。

でも結局一番長く見ているのは登記事項証明書

パソコンの画面に映るPDF。登記事項証明書を目を凝らして確認する時間は、気づけば1時間を超えている。これだけ丁寧に人を見つめたことがあっただろうか。恋愛でもこんなに相手の過去に目を通すことなんてなかった。名前、住所、移転履歴…登記情報には人生が詰まっている。でもその人生を見つめる私は、他人の物語の端っこを眺めているにすぎない。それが少し、切ない。

元野球部だった俺の送りバント的な人生

野球をやっていた頃は、「いつかホームランを打ってやる」と夢見ていた。でも現実は、コツコツ送りバントを決めて誰かを進める役割。司法書士になった今も、それは変わらない。派手な場面はないけれど、誰かの人生を少しだけ前に進めるサポートをしている。そんな仕事に誇りはある。ただ、それと恋愛が結びつくかといえば、そうでもない。送りバントでは恋は進まないらしい。

主役にはなれないけどコツコツ打席には立ってる

どんなに打率が悪くても、打席には立たなければ始まらない。恋愛もそうなのかもしれないが、そもそも試合に呼ばれていない気がする。合コンもない、紹介もない、マッチングアプリは登録して三日でやめた。そんな日々でも、私は毎日仕事という試合には出続けている。地味でも、打席に立ち続けることが、自分の存在を証明する唯一の方法だと信じている。

一発逆転のホームランより確実な業務を

一か八かで提出した書類が通るなんてことはない。必要なのは、徹底した確認と確実な段取り。恋愛にもその真面目さを持ち込もうとしたことがあるが、どうやら女性は“予定調和”よりも“ドキドキ”を求めているらしい。真面目すぎる男はモテない。そんな現実に、仕事中は目を背けていられるが、夜になると少し胸がチクっとする。

だけどたまには恋のデッドボールも欲しい

無理に狙って打とうとは思わない。でも、たまには不意に当たって出塁できたらな…と願ってしまう。恋のデッドボール。そんな偶然すらもない毎日。今日も打席には立ったけど、誰の目にも留まらず、ひとりベンチで反省している自分がいる。それでも次の回にはまた立ち上がるしかない。恋も仕事も、諦めないことだけは共通しているようだ。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓