部屋の静けさと時計の音だけが響く夜に
深夜、事務所にひとり残って書類を見直していると、ふと壁掛けの時計が目に入る。チッチッチと一定のリズムで進む音が、妙に心に響いてくる。周囲は静まり返っていて、エアコンの風と時計の音だけが存在感を主張していた。その瞬間、不意にため息が漏れる。別に何か大きなミスをしたわけでも、誰かに怒られたわけでもない。ただ、なんとなく「自分だけが遅れているような気がした」だけだ。そんな夜が、最近増えている。
時間は進むのに心は置いてけぼり
開業してから十年が経った。それなりに依頼もあり、事務員さんにも助けられ、生活は成り立っている。でも、心の中ではずっと「何かが足りない」と感じている。時間は確実に流れているはずなのに、自分の気持ちだけが昔のまま止まっているような気がしてならない。時計を見るたび、針の進みと自分の人生を比べてしまうのは、きっと自分だけじゃないはずだ。
自分のペースを責めたくなる瞬間
「もっとスピード感を持って仕事をしなきゃ」と思うことがよくある。でも、性格的に慎重すぎて、確認作業ばかりしてしまう。結果、他の事務所のスピード感に置いていかれる。そんなとき、つい「自分は司法書士に向いていないんじゃないか」とさえ思ってしまう。でも、それでもお客さんに「丁寧ですね」と言ってもらえた時だけは、ちょっとだけ救われる。
誰にも見えない焦りがここにある
人には見えないけど、僕の中ではいつも「このままでいいのか」という焦りが渦巻いている。開業当初の情熱は、どこへ行ってしまったんだろう。時計の音を聞きながら、自分だけがこの場所に取り残されているような感覚に陥る。焦っても何も変わらないとわかっていても、心は勝手に焦る。これは、性格なのか、年齢のせいなのか。答えは、まだ見つからない。
今日もやるべきことをこなして終わっただけ
朝から相談、登記申請、書類のやりとり、法務局との確認…気づけば一日が終わっている。でも、それは「今日も頑張った」という実感ではなく、「とりあえず終わっただけ」という感覚だ。達成感とはほど遠い。事務員さんに「お疲れ様です」と言われても、「うん」と曖昧に返すだけになってしまう日も多い。
目の前の依頼を捌くことに追われる毎日
司法書士の仕事は、書類を処理して終わりではない。細かい確認、調整、説明…どれも大切だけど、そのひとつひとつに追われていると、視野がどんどん狭くなっていく。気がつけば、「なんのためにこの仕事をしているのか」すら見失いそうになる。とにかく今日を終えること、それだけで精一杯な日々が続いている。
予定表は埋まっても心は空っぽ
Googleカレンダーはぎっしり埋まっている。相談、面談、申請の締切…すべて管理しているはずなのに、終わった後に残るのは「疲れた」だけ。やりがいを感じる暇もなく、予定をこなすことで精一杯。特に誰からも評価されるわけでもなく、ただ自分の中で「やるべきだからやっている」だけの日々に、少しずつ心が摩耗していく。
「やりきった」なんて言えた日はあっただろうか
正直、心の底から「今日はやりきった」と思えた日はいつだろう。思い出そうとしても出てこない。それでも毎日、朝が来て、同じように事務所へ行き、同じように書類を前にする。その繰り返しに意味を見出せる日は、果たして来るのか。そんなことを考える夜は、決まって時計の針ばかりが気になる。
誰かと比べて落ち込む癖はやめたいけれど
他の司法書士のSNSやブログを見ると、自分より若くて、華やかで、発信も積極的で、依頼も多そうで…そんな投稿を見るたびに、自分の「地味で黙々とした日常」が情けなく思える。でも、だからといって自分のやり方をすぐに変えられるわけでもない。この業界で生きていくうえで、比べる癖との付き合い方が課題だ。
同期のSNSがやたら眩しく見える夜
司法書士試験に合格した仲間たちは、それぞれの道を歩んでいる。中にはメディアに出ている人もいるし、法人化してスタッフを増やしている人もいる。その一方で、自分は一人と一人で細々とやっている。もちろん悪いことではない。でも、画面越しの「成功」に目を奪われて、自分の足元を見失ってしまいそうになることもある。
自分だけが止まってるわけじゃないと知ること
実際には、他の人たちも悩みを抱えているのかもしれない。投稿に見えるのは「うまくいっている面」だけで、裏では苦労しているはずだと、自分に言い聞かせる。大切なのは、自分のペースを認めること。止まって見える時間にも、何かが積み重なっていると信じたい。それができるようになるには、まだもう少し時間がかかりそうだけれど。
時間を取り戻すために今できること
このまま焦りながら毎日を過ごすのは、正直しんどい。だから最近は、小さな改善を心がけている。朝に少し散歩をしてみるとか、作業の合間にストレッチを入れるとか、些細なことだけど、意外と気分が変わる。時間の流れに振り回されるのではなく、少しでも自分の手で整えていく。そんな意識が、今の自分には必要だと思っている。
仕事の「作業化」を防ぐ小さな工夫
仕事がルーティンになると、心も鈍ってしまう。だからこそ、書類に目を通すときも「この人の人生に関わってるんだ」という視点を忘れないようにしている。事務員さんとも、「ただの作業」にならないように、ひとつひとつ声をかけ合って確認する。効率よりも、心を込めることで、自分の存在意義を再確認できる気がする。
ため息を深呼吸に変えるタイミング
時計を見てため息が出そうなとき、意識的に「深呼吸」に変えるようにしている。ただ吐き出すだけじゃなく、ゆっくり吸って、吐く。ほんの数秒で、心のざわつきが少しだけ落ち着く。その小さな切り替えが、焦りから自分を守ってくれているような気がする。ため息も、自分を責めるためじゃなく、整えるためのものにしたい。
自分を許すことが、意外と一番むずかしい
結局のところ、誰よりも自分に厳しくしているのは自分自身だ。もっとできるはずだ、もっとやらなきゃいけない…そんな思いが、無意識のうちに自分を追い詰めている。でも最近は、「できなかった自分」も少しずつ許してあげようと思っている。だって、毎日ひとりで、よくやってるじゃないか。
遅れてもいい でも止まるのはやめよう
進む速度は人それぞれ。少し遅れてもいい。でも、完全に止まってしまったら、それこそ本当に「終わってしまう」。時計を見て溜め息が出る日もあるけれど、そのたびにこう思う。「今日は進めなかったけど、明日はちょっと進めるかもしれない」と。それだけでも、今の自分には十分すぎる励ましなのだ。