一人が楽と言い聞かせる夜に限って誰かが恋しくなる
司法書士という仕事には、謎解きに似たところがある。登記漏れの理由を推理したり、戸籍の抜け道を突き止めたり。まるで書類の迷宮に仕掛けられた暗号を読み解くような日々。そして、今日も俺は静かな事務所で、ひとり、封筒の山と対峙していた。
静かな夜と耳鳴りのような孤独
言い聞かせる習慣が染みついた
「一人が気楽」は本音か防衛か
カップラーメンとテレビの音で紛らわせる夜
「……ったく、誰もいないと逆に集中できねぇな」
時計の針は、21時を少し回ったところ。サトウさんはとっくに帰宅し、事務所にはエアコンの音と自分の筆記音だけが響いていた。
パソコンの前で黙々と入力しながら、ふと横を見ると、空のカップラーメンが冷めた湯気を名残惜しげに漂わせている。
これで何食目だ? 今日も、家に帰って温かいご飯を作ってくれる人はいない。
「一人が楽なんだよ……自由でさ……」
誰に言うでもなくつぶやいた。言い聞かせるように。
依頼のない休日に潜む不安
サトウさんが休みの事務所
電話が鳴らないことへの焦り
無音がこんなに堪えるとは
土曜日の朝、カレンダーは「相談予約なし」の真っ白なマスを見せつけてくる。
「やれやれ、、、こりゃ平和なのか、ただの人気不足か」
気休めに掃除でもしようとモップを持ってはみたが、途中でふとサトウさんが「あ、先生、昨日の書類チェックしておきました」と言う声が頭に浮かんできた。
その幻聴に、俺は思わず「ありがとう」と返してしまい、ひとり苦笑い。
元野球部の癖が抜けない
声を掛け合う習慣はどこへ
チームプレーのなごりと独り仕事のギャップ
キャッチボールの相手はいない
昔の癖ってやつは、なかなか抜けない。
誰もいない事務所で、コピー機に「ナイス送信!」なんて声を掛けてしまった自分がいた。
そう、俺は元・野球部キャプテン。声を出してナンボの青春時代。
けど今は、声を出せば出すほど空しく響く。
キャッチボールの相手が欲しい。ミットの音が恋しい。
書類の山に紛れた感情
目の前の紙は話しかけてこない
ひたすらハンコを押す手が止まる瞬間
「誰のために働いてるんだっけ」とつぶやく
午前2時。さすがに目が痛い。
印鑑を押していると、ふと手が止まった。
申請者の欄にある「配偶者 なし」の文字が、自分を見ているようでゾワッとする。
「ま、俺も“なし”だしな」
苦笑しながらハンコを押す。なんだこの共鳴感。
「配偶者 なし」チームの仲間入り。誰も望んじゃいない。
一人が楽だと思い込む理由
誰かといるストレスを避けた結果
自分だけのリズムを守ることの安心感
でも夜になると急にそのリズムが虚しくなる
時々、サトウさんが「先生、誰か紹介しましょうか?」と言う。
そのたびに、「一人が楽だから」と言って断ってきた。
誰かといると気を遣うし、時間も縛られるし、喧嘩もする。
だけど本当は、ただその“誰か”にすら出会えていないだけなんじゃないか?
テレビから流れる『サザエさん』のエンディング。
タラちゃんが「パパー!」と叫ぶ声が、やけに耳に刺さる。
「楽って言うより、ラクしてるだけかもな……」
気がつけば、事務所の明かりが蛍のようにちらついていた。
眠気と、静けさと、わずかな後悔。
怪盗キッドも、明智小五郎も、きっとこんな寂しいオフィスでは仕事しないだろう。
孤独は推理には向くが、人生にはあまり向かないらしい。
それでも俺は、今日もまたこう呟く。
「一人が楽なんだって。ほんと、楽なんだよ。……多分な」
やれやれ、、、もう少しだけ、強がらせてくれ。