ポストの中にあった一枚のはがき
年に一度の通信手段
正月明け、三が日が終わってもなお寒風がきつい朝だった。事務所のポストに年賀状が数枚届いていたが、その中の一通が妙に目を引いた。差出人の名前は「村井志保」。記憶の奥にぼんやりと浮かぶ名前だった。
文字よりも宛名に心が動いた
筆ペンで書かれた「進藤先生へ」の文字。どこか覚えのある癖字だったが、手紙の内容は印刷されたテンプレに「今年こそ再会したいですね」の一文が添えられているだけ。
差出人の名前が思い出せなかった
どこかで会ったような…そう思いながらも、司法書士という職業柄、関わる人数が多すぎて思い出せない。「こういう時に限って記憶が薄いんですよね…」ぼやきながら、デスクに置いた。
手紙という文化のかすかな灯り
メールでもLINEでもないもの
SNSもチャットも便利な時代に、年賀状だけはかろうじて残る「儀式」だ。しかし、それが唯一のやり取りとなっている関係性は、妙に寂しい。
年賀状の形式美と、手書きの温度
サトウさんがコートを脱ぎながら言った。「あら、この文字…微妙に違和感ありますね」彼女はこういうのに気づく。宛名は手書き、裏面は印刷——だが、そこには小さなミスがあった。
それでも「ありがとう」は書かれていた
「去年は助けてくれてありがとう」その文面に覚えがない。手続きを担当した記録も見当たらない。「やれやれ、、、また妙な方向に転がりそうだぞ」と、コートを脱ぎながら心の中でつぶやいた。
たった一枚の年賀状に残された違和感
裏面に隠されたメッセージ
サトウさんが虫眼鏡を持ち出してきた。「この数字、見てください。郵便番号の上に小さく書かれてる ‘0228’ って」「誕生日かな?」「いえ、多分、何かのメッセージです。だって、この住所、存在しないですよ」
サトウさんの指摘と小さなヒント
登記記録を検索してもその住所の土地は存在しなかった。封筒じゃなく、あえて年賀状という“開かない手紙”に記された数字。「探偵漫画っぽい展開ですね」と、サトウさんがちょっと嬉しそうに言った。
数字の並びが意味していたこと
「0228」は2月28日。…ハッとした。かつて担当した“任意後見契約”の開始予定日だった。村井志保、思い出した。被後見人となる予定だった女性だ。
司法書士シンドウ 年明け最初の謎に挑む
相談内容は「年賀状が気持ち悪い」
翌日、電話が鳴った。依頼者は志保の妹、村井恵。「姉が施設を出て家に戻ったと聞きました。でも、戻っていないんです」年賀状は“志保”本人から届いているが、妹は所在不明だという。
封書ではなく、あえて年賀はがきだった理由
「きっと誰かが姉の名前を使ってます。だってこの字、姉じゃない」妹の証言でさらに混迷する状況。だが、ヒントはすでにあった。
元野球部としての直感が告げること
「四隅にカーブを描く癖字、これは…施設の職員、田所さんだ」過去に成年後見の打ち合わせで立ち会った男の名前。「やれやれ、、、球が見えた気がするぞ」
サトウさんの観察力が事件を動かす
筆跡と差出人住所の矛盾
調査の結果、田所はすでに退職していたが、郵便局には転送届を出していた。転送先は…空き家。
書類の山に埋もれていたもう一枚
事務所に戻った僕は、過去の委任契約の控えから田所のサインを発見した。完全に一致している。
決定的だった印鑑の押し方
印鑑が斜めに傾いていたのも共通していた。几帳面な志保ではありえない。田所は志保の財産を狙っていた。年賀状は所在不明の志保の“生存確認”を装うアリバイ工作だったのだ。
唯一の手紙が導いた 静かな告白
依頼者の意図と「最後の年賀状」
警察と連携し、志保は無事保護された。田所は身分を偽って空き家を借り、年賀状を発送していた。あの一通がなければ、事件は闇に消えていたかもしれない。
「やれやれ、、、年明け早々これか」
コーヒーを飲みながらぼやくと、サトウさんが言った。「でも、先生が年賀状ちゃんと読んでてよかったですね」「まぁな。読む相手がいない俺には、逆に特別なもんさ」
司法書士にしか解けない謎もある
誰もが見逃す一枚のはがき。それが、真実への手がかりになることもある。「今年も、仕事運はよさそうだな」そうつぶやきながら、ポストを見上げた。