登記が先か恋が先かそれが問題だ
司法書士・進藤(しんどう)という男がいる。45歳、独身。モテない。元高校球児。
今では地方の片隅で細々と事務所を構え、ただひたすらに登記と向き合う毎日だ。
恋より登記を優先する男の朝
目覚ましより先に目が覚める。
ベッドの中で最初に確認するのは天気でも株価でもなく、法務局のオンライン登記情報提供サービスだ。
「ああ、昨日の抵当権抹消、まだ未処理か。これじゃ恋どころじゃないな……」
まるで恋愛ドラマの主人公が、既読スルーに一喜一憂するように。俺は“完了処理待ち”に一喜一憂している。
事務所でサトウさんに叱られる
朝、事務所に着くと、俺の数少ない理解者――いや、若干敵対者とも言える存在、サトウさんが待っている。
「先生、また婚姻欄が空欄ですよ?」
「だから言ったろ、あれは仕様なんだよ」
「仕様じゃなくて未記入って言うんです」
やれやれ、、、言葉のあやにも容赦がない。
依頼人の幸せを見送る仕事
ある日、若いカップルの所有権移転登記の依頼が入った。
婚姻を機に新居を買ったらしい。
「結婚って、いいですねぇ」と言う新妻。
「先生も早く!」と笑う新郎。
俺は謄本を閉じて、無表情に言う。
「はい、登録免許税はこの額です」
ハンコを押す音が、やけに響いた。
元野球部の独身司法書士が選んだグラウンド
「野球部だったんですよね」とサトウさんに言われた。
「ええ。人生、延長戦ってやつです」
自虐気味に笑ったが、心の中ではこう思っていた。
“俺の人生、試合開始すらしてない気がする”
サザエさん的日常のはずが
ある夜、テレビをつけたら、サザエさんが波平に叱られていた。
「まったく、お前は社会人としての自覚が足らん!」
波平の言葉が俺に刺さる。
――サザエですら結婚してるんだよな。
思わずつぶやいた。
「タラちゃんにも先を越されるかもな」
それでも今日も仕事は続く
登記簿謄本を確認しながら、ふと思う。
この書類のどこかに、自分の幸せも記載されていたら、どんなに楽か。
恋の登記ができたなら、どれだけ救われただろう。
でも、今はただ目の前の申請をこなすしかない。
たぶん明日も、恋は空欄のまま。
でも登記は完了している。
それが俺の人生。いや、俺の仕様なのだ。
完了(だけど未婚)