独身歴が開業年数に追いついた日
開業からの年月と独身の年数が重なるとき
書類と向き合い続けた十五年
司法書士として独立して十五年。その日は朝からしとしとと雨が降っていた。開業当初に買った年季の入った傘をくるくる回しながら、事務所のシャッターを開ける。どこかの喫茶店のような音楽がラジオから流れる中、俺はポツリと呟いた。
「これで独身歴も十五年か…」
つまり開業してから一度も人と暮らしていない。いや、もっと言えば、一度も“特別な誰か”と出会った記憶すらない。俺にとっての“同棲”とは、机の上に散らばる登記事項証明書の束との日常だ。
恋よりも急ぎの登記
締切に追われて過ごすうちに、「デート」という単語が頭から抜けていった。最近の「恋愛」は、もっぱらドラマの中でしか見ない。
気づけば年賀状は減り続けていた
年賀状の枚数は、年を追うごとに減る一方。結婚報告すらもう来ない。年賀状の差出人たちは皆、人生の別の章へ進んでいったのだ。
家に帰っても誰もいないという当たり前
事務所の灯りを消し、家に戻ると、そこはまるで物置のように静かだ。冷蔵庫の中も、感情も、だいぶ空っぽ。
お湯を沸かす音だけがやけに響く
一人分のインスタント味噌汁をつくる音が、妙に胸にしみる。まるで“日常の効果音”だ。
テレビに話しかけてる自分に気づく夜
気づけばテレビのニュースに「それはないだろ…」と突っ込んでいた。誰も聞いてないのに。
事件は突然やってきた
朝一番の電話が妙に軽かった
電話が鳴ったのはその直後だった。受話器の向こうの女性は、ひどく明るい声だった。「すみません、登記のことでちょっとご相談したくて…」
何気なく聞きながら、妙な胸騒ぎを感じた。どこか軽すぎる。
依頼者の声に違和感を覚えた理由
明るさの裏に何かを隠しているような…そんな感覚だった。経験上、こういう感覚は外れない。
サトウさんの目線が合図だった
サトウさんがメモを差し出してきた。「地番と住所の不一致」。やっぱり彼女は鋭い。
書類の違和感と登記のズレ
申請書に記載された住所と、地番が微妙に異なっている。単なる記載ミスにしては不自然すぎる。
地番ミスかと見せかけた隠しロジック
まるで昔の探偵漫画のように、誰にも気づかれないよう隠された意図がある気がした。
独り身の目が冴えるとき
怪しいのは地目ではなく所有者欄
真に注目すべきは、所有者の婚姻歴と名義の動き。何かをごまかしている気配が濃厚だった。
婚姻歴に隠れた名義変更の罠
共同名義にされるはずの配偶者の記載がない。離婚か、未届か。それとも…意図的か。
サトウさんの一言がすべてをつなげた
「この住所、住民票と違います。わざとですね」
彼女の一言で、すべてが氷解した。
やっぱり彼女は只者じゃない
サトウさんの観察眼にはいつも驚かされる。ワカメちゃんどころじゃない、まるでコナンの補佐役だ。
解決のあとに残った静けさ
やれやれと椅子に沈んで
事件は無事に解決。訂正申請も完了。俺は椅子に沈み、「やれやれ、、、」とため息をついた。
今日も誰かの人生には関わったけれど
司法書士という仕事は、裏方で人生を支える。だが、自分の人生はいつから止まっていたのか。
自分の人生は…まだ登記待ち
俺の戸籍には動きがない。申請すらない。案件は来るのに、恋は来ない。人生の名義変更は、まだ先のようだ。